1 傷は、深い【side僕】

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1 傷は、深い【side僕】

―――お前がヤらせねぇのが悪ぃんだろ・・・。 今でも耳にこびりついて離れない、恋人から告げられた残酷な言葉。 ―――こいつはお前と違って俺を優先してくれるからな。 顔なんて覚えてないけど、勝ち誇った様な優越感に満ちた表情で半裸の男が彼の隣に横たわっていた。 僕を見ることなく、顔を背けたまま彼は吐き捨てるみたいにそう言った。でも僕は気付かなかったんだ。 彼の表情が何かを堪えるみたいに歪んで苦しみに塗れていたって事を・・・。 何度も何度も浮気をされた。その度にもうしない、お前だけだと言われて、許してきてしまった。 そうして僕は流されて・・・。抱きしめられて、優しく謝られたりして、結局許してしまって。――――いつもそうだった。 だけどあの日の僕にはできそうになかった。どこかで信じていたんだ。 “彼は僕以外、男は抱かない”・・・って。 ―――――それは僕の願望でしかなかったって、目の当たりにした現実が語っていた。 忙しさに感けて僕は彼を蔑ろにしていたんだろうな。だから彼は悪くない、悪いのは僕。 ―――――――――僕はもう、彼に必要とされていない―――――――――― 彼の部屋を飛び出して、走って・・・走って・・・泣きながら、向かう先もないまま、絶望感に打ちひしがれた。 ―――――――もう、8年も前の事なのに、今でも鮮明に思い出してしまう。・・・・・・溜息が零れる。 「なになになに~?気怠い感じのゾクゾクする溜息なんかついちゃってさ~。あぁ、そうかそうか・・・リーチはそうやって俺を誘惑するわけだ。怖いねぇ、魔性の男だねぇ。・・・・・・堪らんわぁ」 僕が過去の感傷に引き摺り込まれそうになっていると、やけに軽い口調で見た目だけは完璧な僕の上司、井藤部長が椅子ごと僕を後ろからすっぽり抱き囲う。 「・・・誘惑していません。気怠くもないし、まして魔性でもないです。―――――ブチョー。おかしなこと言ってないで、早く今日の進行表提出して下さい」 リーチは見た目天使なのに、喋ると鬼だよな。・・・なんて人聞きの悪い事をぶつぶつ言いながら、ブチョーが自分の席に戻って行く。僕はまた溜息を吐いて、葉書やFAXを一枚一枚しっかりと目を通す作業に戻った。 僕は相原利一(あいはら としかず) 26歳。地方FM局ラジオパーソナリティをしている。局関係のひと達は僕をリーチと呼んで、お世辞にも男らしさがあるとは言えない見た目をからかいつつも、何だかんだでかわいがってくれている。時々本名で呼ぼうとする人もいるんだけど、僕はそれを極端に嫌がってしまう。両親以外で僕の本名を呼ぶのは、たったひとりだけ。・・・未だに他の誰にも本名で呼ばせたくないと思ってしまうのは、きっと僕が過去をずっと引き摺ったまま生きてきてしまったからだろう。――――――僕の心に根付いた傷は、どうすることもできない程に、深い。
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