はじめましての距離

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 アオイはワタシから少しづつ距離を置くようになっていた。  正確には毎日少しづつ離れていってたのが、共同生活が始まって一ヶ月でハッキリとした距離になったという感じだ。  日が経つにつれ、食事の時の会話も減っていき、今では無言でお互いに目も合わさずに食べる日も出てきた。  なんで距離ができたのか……アオイの顔を見ると元気が無さそう。  仕事には毎日行っているし、体はどこも悪く無いようだ。数日に一回は出会ってすぐのように話が弾む時もある。  ワタシたちの間の邪魔をしているモノはハッキリしている。  アオイのあの寂しい表情だ。  仕事に出て社会を知っているアオイと違って、ワタシは会社に行っていない。次第にワタシが妹でアオイが姉のような力関係になって行った。  元々アオイの家でもあるし、ワタシはその関係に納得しているのだが、アオイはそれを良しと思っていないようだ。  何が不満なのかわからない上、アオイはワタシに打ち明ける気はない。  ただ、残りの人生をこんなシコリのある状態で終わりたくない。  その日の夕飯の後片付けをしている時、隣で洗い物をしているアオイに意を決して打ち明けた。 「ワタシさ、あと二ヶ月で死ぬんだ」  流石に驚いてくれるだろうと思った。  でも、アオイは聞こえていなかったように、ワタシが打ち明けてしばらく無言でお皿の水を拭き取る作業を続けていた。 「……そう、なんだ」  彼女の返事はそれだけだった。それ以降、ずっと無言で食器についた水を拭いていた。  ショックとか驚いたとかそう言うものがワタシの心臓の鼓動になってどんどん大きくなっていく。  しばらく時間が経っても、アオイの返事の意味が分からなかった。 「何、その返事」 「え?」 「聞こえなかった? ワタシ、死ぬんだよ。あと二ヶ月で」 「聞いてたけど……どう、リアクションすれば良いか分かんなくて」  アオイは小さい声で「ごめん」と呟いた。水一滴、床に落ちれば消えてしまいそうなほど、小さい声だった。  リアクション。  まるで、アオイは今までワタシが気に入る言葉や仕草を選んでずっと生活していたような言い方だ。  まるで今までの生活が演技だったみたいに…… 「ワタシの何が不満なの?」  この一ヶ月、ずっと我慢していたけど。この時になってワタシの押さえてたものが噴き出した。 「不満なんて何にもないよ」  嘘だ。  アオイとワタシの間にはずっと距離がある。  普段の何気ないやりとりは楽しいのに、友人や恋人としか共有できないような深い事になると、彼女はワタシの気持ちをいなす様に顔を背ける。 「ごめんなさい」  アオイがまた謝った。 「本当に……どうすれば良いのかが、分からないの。ごめんなさい……」  そう言ってアオイの言葉は止まって、彼女の手と腕だけが会話を続けているような動きを続けていた。  何か言葉にならない悩みが彼女の中にある様な動き、その悲しみに押し潰されそうな表情。  しかも、それは察するにワタシに関してのことなのだろう。 「ワタシのことで何か、悩んでるの?」 「そうじゃないの。ちょっと待って」 「アオイは私が死んで、悲しい?」  ワタシが尋ねると彼女は口籠ってしまった。嘘でも「悲しい」と言えば良いだけなのに、彼女は俯いて、目を閉じた。 「分からない」  アオイはそう言った。 「そう」  ワタシはリビングを後にし、自分の部屋のベッドの中に蹲った。「分からない」の意味を考える余裕がないほどにショックだった。  友達が死んだら悲しいはずだ。アオイはワタシを友達だと思っていない。何故か気を遣って、距離を置いて、遠ざけようとする。  そうじゃない。  ワタシはアオイの大きな負担になっている。  それもワタシには分からない原因の。  あと二ヶ月後の誕生日の前日に、ワタシは死ぬ。
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