はじめましての距離

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 同居を続けて一週間くらいしてからだったと思う。  レイコがワタシに不満を抱いているのが雰囲気から感じ取れる様になっていた。  レイコがワタシに友人としての好意を持っていることには気付いていた。少なからず、ワタシもレイコのその気持ちに応えようと努力はしていた。  少し前まで母親だった女性を友人として深く付き合うのには、抵抗が……心が拒絶反応を示す様であった。  初めて出会った日に二人で買い物に行った時、ワタシは彼女が母親だという事を忘れ、つい母との思い出を少し話してしまった。  彼女はそれを自分のことだと夢にも思っていない感じで楽しそうにその思い出を聞いてくれた。  隣にいる彼女から、消えてしまった母の存在がワタシの心にボンヤリと浮かび上がってきた。  ワタシの心の奥に堰き止められていた悲しみがドッと押し寄せてきた。    レイコにはもう母親の面影は何処にもない。  ワタシと同い年だけど、世間知らずの妹の様な存在。ただの母親の抜け殻。  あのホッと安心した感情はどこへ消えたんだろう。  レイコといると母に会いたくて仕方がなくなる。家にいるのに、母の待っているお家に帰りたい。  でも、もうお母さんは何処にもいない。 「ワタシね、あと二ヶ月で死ぬの」  彼女にそう言われ、ふとワタシの頭に一つの言葉が過った。  お母さんはいつ死んだんだろう?  今、目の前にいる同い年の彼女はもうお母さんじゃない。  泣きながらリビングを出て行ったレイコの頼りない姿は、昔、母に怒られて不貞腐れていた自分そのもの見えた。  ワタシの母が死んだのはいつなんだろう?  レイコがいなくなった部屋でソファにもたれながら、しばらく考えた。  五歳の頃?  クローンだと知った時?  ワタシの方が大人っぽくなった時?  ワタシが同い年になった時?  ワタシは母が死んだ瞬間を見失っていた事に気付いた。  小さい頃の思い出の時、あんなに大人っぽくて大好きだったお母さんを知らない間に見失っていた。  しばらくしてレイコの部屋を見に行った。  彼女はベッドの布団の中で寝息を立てていた。枕やシーツが涙でシミになっている。  布団の上で子供の様に眠る彼女を見下ろし、ワタシは彼女が起きないように布団を直した。  もう、お母さんはこの世にいないと初めて気付いた日に見る、母の顔はただの幼い妹。  この人は母親じゃないんだ。  それからの二ヶ月は、吹っ切れたように自然とレイコと暮らせた。  そして、レイコが死ぬ当日。  特別な事は一切せず、いつも通りに過ごし、夕飯を食べ終え、ワタシと彼女はソファでテレビを見ていた。 「ねぇ、アオイ」  眠たそうな声でレイコが突然話してきた。 「アナタと出会えて本当に良かった」  月並みな言葉を残し、彼女はワタシの膝の上に寝転がってきた。 「急に何よ、それ」 「言い忘れない様にしておかないとと思って」  彼女は猫の様な欠伸を一回した。 「生まれてきてくれて、ありがとう」  彼女はそう呟いて、ウトウトしながら瞼がゆっくりと閉じていった。 「どういたしまして」  ワタシは彼女の肩のあたりをゆっくりと叩きながら、小さい頃に彼女から教わった子守唄を歌ってあげた。  レイコはそのうちに寝息を立て始めた。  まるで今日でお別れなんて思えないほど、彼女はリラックスして等間隔で暖かい寝息をワタシの膝にかけてくる。  時計の針が12時になった。  膝の上で寝息を立てていた彼女から何も聞こえなくなった。  ワタシはソファに寝そべり、ゆっくりと目を閉じた。  頭の中にある記憶から母が死んだ日を見つけるべく、思い出を一つ一つ開けて行く事にした。  「さよなら、お母さん」と、いつか言える時が来るまで
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