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同情には及ばない。これで良いのだ。
汚れ仕事を担う俺たちは、ただ一日だけ持ち場で花を咲かせて職務を全うする。
“使い捨て”だからこそ、外を漂う微小かつ無数のウイルスの脅威から雇い主を遮断し、この清潔な自宅マンションにまで攻め込まれず守り切ることができるのだ。
下駄箱横のゴミ箱の底で横たわったまま、俺は自分の生涯を回顧する。
量産型マスクとしてこの世に生を受け、ドラッグストアで購入されたあと待機すること約1年。
外装に『徳用不織布マスク150枚入り』とペイントされたあの薄暗くて四角い控え室からはじまり、一日だけ陽の目を浴びて、今また暗闇へと戻っていく――。そのことに俺は不思議なほどの満足を覚えていた。
ただ一度きりでもだれかの役に立てたという事実。それは俺にとって、どんな暗闇にも届く光に等しい。
森本さんの鼻のラインにフィットするよう曲げられたままの俺の骨は、まるでなにかの勲章のようだった。
初めて出会ったとき「あっ、これ骨のあるやつだ」と顔を綻ばせた森本さんの表情が、昨日のことのように思い返される。
ようやく役目を終えた俺は充足感に満ちた暗闇の中で、一足早く息絶えた同僚たちに積み重なって静かに目を閉じた。
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