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「有り難う御座います……父は、貴方も愛した……ちゃんと、愛していたんです」
葵が真剣な瞳でそう告げる。其れは慰めではなく、告げるべき真。父が、棕櫚を語る瞳を見て来たから。其れは、棕櫚が望む愛の形では無かったかも知れない。けれど、父には棕櫚も大切な人だった。其れを、信じて欲しいと。
棕櫚が、ゆっくりと息を吐く音が聞こえた。徐に上がる、震える腕。其の掌が葵の頬へ触れた。
「初めて……お前に、彼奴が、見えた……」
そう口にした棕櫚の笑みは、今迄感じた冷たいものでは無かった。きっと、ずっと父を見詰めていた瞳だったのだろう。葵は、胸が締め付けられた。思わず頬にある棕櫚の手を握り締めて。
「持って、行け……彼奴の、子……私も、お前の、親に……」
繋がる掌が光り、一瞬其処から熱を感じた。ふとそちらへ気が移った僅かな時。抱く棕櫚の身から、崩れる様な重みが腕に伝わった。
「ろ、老師……あの……」
恐る恐る、何が起こったのかを確認しようと棕櫚を見詰める葵。其れを、直ぐに理解した。棕櫚は、笑みを浮かべたまま眠っている。けれどもう、生を感じる其れでは無かったから。葵は、其の頬へ手をあてた。
側を許され様と、親しみを感じた事も優しさを感じた事も無かった。憎い女の面影を持つ己への、歪んだ思いひとつだけ。けれど、其れでも己を伝に父と繋がりたかったのだ。本当に不器用で、繊細で。
「親父です……貴方も」
呟いた葵の背後へ、颯真が要へ肩を貸し寄って来た。
「葵、棕櫚殿は……」
颯真の声。葵は、腕に抱いたままの棕櫚を見詰めたまま深い息をひとつ吐く。
「たった今……有り難う、颯真……ちゃんと言えたよ、俺……」
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