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何かを言い掛けた颯真から手を退けると、要はそう言い姿を消してしまった。逃げられたと頬を膨らませる颯真からは、先程の色香は微塵も失くなっていたという。
一方。他國の事情等何処吹く風、買い物を済ませた青年。彼の名は、葵(アオイ)。御機嫌な表情で賑やかな町を歩いていた。馴染みの店で、好む果実を安く手に入れられたのだ。とは言え、今木の國は経済の絶頂期。値切る必要も無いが、此れは葵の拘りでもあるもので。目的のものは手に入れた、あてなく町の明るい雰囲気を楽しんでいたが。
「――お兄さん」
背後より声掛けが。振り返った葵の視界に入ったのは一人の男。見たところ、他國からの出稼ぎだろうか。と言うのも、少々くたびれた衣に身を包んでいる。木の國の者に、こういった風貌の者は現在殆ど見ないのだ。とは言え、葵は身なりで人を判断する性質では無い。少々軽薄な雰囲気に警戒はあるが、他國で困る者なら無視は出来ないと。
「どうかしたかい」
歩み寄り声を返してやると、容易く間合いへ踏み込まれた。手の甲へ感じた、針で刺す様な痛み。
「なっ……」
葵の声は続かない。いや、出ないのだ。先程の痛みだろう。毒を入れられたと。しかし、此の動きも随分慣れたもの。正体分からぬ此の男、少なくとも一民では無い筈。
力抜ける葵の体を支え、男は口を開く。
「どうした、突然……具合悪いのかな。俺、出稼ぎに来てるんだよ。景気良さそうだからさ、何か買ってくれないかな……送ってくからさ」
会話をするかの様な独り言。男は先程の軽薄な表情は一変、鋭く冷たい瞳を光らせ、葵を背負うと歩き出した。
人気も無くなってきた町の寂しい一角。古宿へ入る処で、男は腕を捕まれる。振り返った男の目に映ったのは。
「あんた、其れ誘拐だろう。まずいんじゃないのか」
蔑む如く冷たい眼差しを向ける、要の姿であった。
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