46人が本棚に入れています
本棚に追加
「嫌だな、お兄さん。何か証拠でもあんのかい……」
そう言いながら、静かに葵の体を下ろした。まだ動けない葵は、懸命に声を出そうとする切羽詰まった表情だ。其れを一瞥した要の上段へ、男の足が飛んで来た。が、其れをかわす要。互いに間合いを取り、構えた。
「あんた、行商じゃないな。武人か」
要の問いへ、男は軽い舌なめずりし口角を上げた。
「俺の処じゃ、武人も稼がないとならんのさ……お前もだろう」
言い終える迄に、男が腕を払う様な仕草を見せた。瞬時に其れに対し、己の力で壁を作った要。男が放ったのは、炎。火の武人だと要が察すると同時に、炎を纏う拳で向かって来た男。だが。
「っ……水の武人か……っ」
思わず上がった男の声。拳を受けた要の手より炎は弱まり、挙げ句凍り付いていくのだから。拳、腕と順に。
五行の力は其々、性質により関係性が生じる。火にとって、水の力は少々部が悪い。此れを制するには、此の関係を討ち滅ぼす、つまり相剋する程の力量が自身に無くてはならない。戦闘に時もかけられない、騒ぎも御免だと要より離れた男は舌打ちと共に姿を消してしまった。気配が遠退いた事に、要も警戒を僅かに解いて。
倒れたまま若干怯える様な表情の葵へ、要が歩み寄り身を起こしてやる。又何かされるのかと、葵の警戒はまだ続いていたが。
「声が出せないのか」
静かに問う声と、雰囲気に敵意が見い出せず葵は戸惑う。取り敢えず、恐る恐る頷いて己の状態を伝えた。
要は厄介だと、眉間へ皺を寄せる。水の武人である己は、毒等の知識が浅い。此の症状だけを見て解毒は不可能だ。植物由来のものであるならば、此処木の民の殆どは他國民以上には知識を持つ筈。しかし、標的である葵以外の木の民へ、必要以上に関わるのも顔を知られるのも避けたいのだが。
最初のコメントを投稿しよう!