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火の気を感じ取って、朧は顔をもたげ、ぐるりと周囲を見渡しました。
ここは、山の中です。
草木の成長は終焉をむかえ、すこしずつ水気をうしなっていく季節となりました。
落ちた葉が敷布となり、地を覆います。
となれば、ほんのすこしの炎ですら、あっというまに燃えひろがり、辺りは焦土と化してしまうでしょう。
気配をたどり、朧は駆け出しました。
黒い体毛に覆われた躰は、闇夜にまぎれると、疾風のようです。
俊敏にうごく四肢から知れることは、朧がまだ年若い狼であるということ。
朧は、山に住まう狼です。
群れを形成する種とはちがい、ひとりで山を統べる、あやかし狼です。
とはいえ、彼はまだ生まれて三十年と経っておりません。あやかし狼は、齢千年を超えるともいわれておりますから、どれほど幼いかもわかるというものでしょう。
里を出てここへ住まうようになってからはほんの十年ほどですから、人の世に慣れているともいえません。
主なき山へ入ったものの未だ知らぬことも多く、統治しているとはいいがたいところ。
ようするに、朧はまだ半人前なのです。
木立を駆け抜けると、ざわざわと足元の草が揺れます。葉の裏に潜んでいた虫が逃げ去る音を耳の端にとらえながら、朧は前を見据えました。
鼻先をかすめるにおいは濃くなり、やがて別のものが混じりはじめます。
それは、血のにおいでした。
大型の獣を狩ったのは先日のことですし、そもそも朧の狩場はこの先ではありません。肉を喰らう獣は、朧のほかには生息していないはずです。仮に付近の山里から野犬がきたのだとすれば、気づくことでしょう。それにこのにおいは、まだ乾いていないあたらしいものでした。
朧は慎重に気配をころし、身を伏せて近づきます。
明かりが見えました。
火があるのです。
けれど、その火は広がるようすもなく、その場に焚かれたままです。
(ならば、人間か――)
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