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そっと顔をもたげて覗きますと、輪のはずれた荷車が一台、そこにありました。
火は、その近くにころがっている松明であるようです。土が顔を出しているおかげで、燃えうつることを免れたようでした。
松明は人間が持っているものです。
だとすれば、持ち主が近くにいるのではないでしょうか。
ぐるりと目を転じてみましたが、付近にヒトの気配は感じられません。
そっと這い出ますと、松明のそばへと寄りました。そうして後肢で土をかけ、まずは火を消しておきます。
人間は、闇に弱いもの。
明かりを奪えば、獣である自分が有利となりましょう。
無論、あぶないから消しておこう、という気持ちもありました。
荷車のそばには、米や野菜が散らばっています。輪がはずれたことで、荷台からなだれ落ちたのでしょう。
麓にある村々の人間が、時折こうして荷を運んできます。
それらが祭事であることは知っていましたが、今年の供えものは先日終わったばかりですし、祭壇となるのはもっと手前の、山の入口に近い場所。こんな奥にまで入ってくることは、ないといっていいでしょう。
いつもとちがうことが起きている。
その理由は、なんだろう。
朧は鼻を上げ、もういちど血のにおいを嗅ぎます。ゆっくりとそちらへ近づいていきますと、大きな木にもたれかかるようにして、ひとりの男が倒れていました。
太刀をあびたのか、着物がやぶれて血に染まっています。力なくおろされた腕から流れた血は、地面のくぼみに池をつくっていました。
たくさんの血。
狩りをする朧には、わかりました。
この者はもう、事切れている。
これほどの血を流せば、魂はもう離れているはずだ、と。
それでも用心深く近づいたのは、からとなった躯に、よからぬモノが宿ることがあるからでした。
悪い鬼を鎮めることもまた、ヌシのつとめです。
男がいる木の奥、月光により影となった草むらのなかに、さらに幾人か倒れているのが見えました。
その数よっつ。
合わせて五人のヒトが、倒れ伏しているようです。
影から、うめき声がしました。どうやら、まだ命ある者がいるようです。
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