1 朧 -おぼろ-

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 そっと顔をもたげて覗きますと、輪のはずれた荷車が一台、そこにありました。  火は、その近くにころがっている松明(たいまつ)であるようです。土が顔を出しているおかげで、燃えうつることを(まぬが)れたようでした。  松明は人間が持っているものです。  だとすれば、持ち主が近くにいるのではないでしょうか。  ぐるりと目を転じてみましたが、付近にヒトの気配は感じられません。  そっと這い出ますと、松明のそばへと寄りました。そうして後肢で土をかけ、まずは火を消しておきます。  人間(ヒト)は、闇に弱いもの。  明かりを奪えば、(ケモノ)である自分が有利となりましょう。  無論、あぶないから消しておこう、という気持ちもありました。  荷車のそばには、米や野菜が散らばっています。輪がはずれたことで、荷台からなだれ落ちたのでしょう。  (ふもと)にある村々の人間が、時折こうして荷を運んできます。  それらが祭事であることは知っていましたが、今年の供えものは先日終わったばかりですし、祭壇となるのはもっと手前の、山の入口に近い場所。こんな奥にまで入ってくることは、ないといっていいでしょう。  いつもとちがうことが起きている。  その理由は、なんだろう。  朧は鼻を上げ、もういちど血のにおいを嗅ぎます。ゆっくりとそちらへ近づいていきますと、大きな木にもたれかかるようにして、ひとりの男が倒れていました。  太刀をあびたのか、着物がやぶれて血に染まっています。力なくおろされた腕から流れた血は、地面のくぼみに池をつくっていました。  たくさんの血。  狩りをする朧には、わかりました。  この者はもう、事切れている。  これほどの血を流せば、魂はもう離れているはずだ、と。  それでも用心深く近づいたのは、からとなった(むくろ)に、よからぬモノが宿ることがあるからでした。  悪い()を鎮めることもまた、ヌシのつとめです。  男がいる木の奥、月光により影となった草むらのなかに、さらに幾人か倒れているのが見えました。  その数よっつ。  合わせて五人のヒトが、倒れ伏しているようです。  影から、うめき声がしました。どうやら、まだ命ある者がいるようです。
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