2 洞 -ほら-

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 朧が普段、躰を休めているのは、洞穴です。  垂れさがった蔦が入口を覆い、内部が見えないようになっています。  自然にできた穴は、中へ入れば大きく、朧が後肢で立ちあがり背を伸ばしたとしても、天井に頭がつくこともないほどの高さがあります。冬へ向けて草を敷きつめてあるので、暖をとることだってできました。  手で蔦を掻きながら足を踏み入れたヒトの子は、次に壁に手をつき、ぐるりと周回しています。  はじめての場所を確認するのは、当然のこと。  自分の目と鼻で安全をたしかめなければ、落ち着くことなどできないと考える朧は、それを静かに見守ります。 「おぼろの家?」 「そう」 「足元がやわらかいのは、なに?」 「くさ、ある」 「生えているの?」 「ちがう。おれ、とった、きた」  聞こえる言葉の意味は解しても、それらを己の考えとして音に乗せることはひどくむずかしく、朧はもどかしい気持ちになります。  けれど、ヒトの子と話をすることは、とても楽しいことでした。  これがきっと「楽しい」という感情なのだと、朧は思いました。  山へ入ってから意を通じた相手は、白蛇だけです。  そのほかに、自我をもつケモノは存在しません。  理由は統治者の不在です。  朧の前にいたヌシが離れて、ずいぶんと時が流れていました。  あやかしではないケモノたちが死に絶えるには、じゅうぶんな時間です。  山が死なずに済んでいるのは、ひとえに水神である白蛇のおかげでしょう。  あやかし狼には一帯を統べる役割がありますが、そうと認められぬかぎりは、繁栄は拝めません。  なにをもって統治とするかはわかりませんが、未だ道半ばであることだけはわかります。自分には足りぬものがあるのだと感じるものの、それがなんであるのかを示してくれる相手もおりません。  本来であれば、教え導いてくれるであろう父は、朧の記憶にうっすらと残っているだけです。  父は、ヒトの手にかかって死んだそうです。  (たお)れた長に従う者はいません。弱き者は排斥されるのみでした。  どんなふうに山を統治していたのか、幼い朧は知らぬままに住処(すみか)を追われ、彷徨(さまよ)いつづけて辿りついたのが溝伏山です。  導かれるように山中を進み、水を求めて泉に辿りつき、ちいさな狼は白い水蛇と出会ったのでした。
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