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「おぼろは、ひとりで山に住んでいるの?」
「そう」
朧はヒトの子と話をしました。
それにより、五人の男たちが命を落とした理由もわかりました。
彼らが積んでいた荷を狙い、夜盗が後を追ってきていたのです。なんとか抵抗をこころみましたが、戦い慣れない彼らがあらがうことはむずかしく、血を流すこととなったようです。
目が見えぬなか、手探りで辿り着いた穴に隠れていた子は、朧が見つけるその時まで、ひとりでじっとしていたのでした。
子どもは女で、齢は十四だといいますが、果たしてその年齢がヒトのあいだでどうあつかわれるのか、朧には見当もつきません。
とはいえ、長寿であるあやかし狼にとって、齢は些細な事柄でしょう。
ヒトの一生なぞ、あやかしの生きる世界にとって、ほんの一刻でしかないのですから。
朧にとってこの子は、護るべき対象です。
白蛇以外で、はじめて会話をした存在でもあります。
扱い慣れないヒトの言葉は思ったとおりにはいきませんが、やめようという気持ちにはなりません。誰かと意思を通わせることに、飢えていたのだと知ります。
名を誰かに呼ばれたのはひさしぶりで、耳と胸がくすぐったい心持ちでもありました。
「なまえ――。おまえ、なまえ」
ふと思いたち、朧は女の子に名を問いました。
誰かの名を呼んでみたいと、そう思いました。
「ちとせ」
「ちぃおぅせ」
舌に乗せた音はひどく不格好で、朧は己を恥じます。女の子は口元をほころばせました。
ヒトは楽しいと感じたとき、こんなふうになるのだと朧は知っています。
繰り返してもうまくつながらない音に苦心していますと、女の子がいいました。
「それでいい」
「それ?」
「ちせ」
「ちぃせ」
反復しますと、女の子は頷きます。
「わたしは、ちせだよ、おぼろ」
「ちせ」
朧とちせは、しばらくそうやって、互いの名を呼び合っていました。
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