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 ――深夜12時。暗闇のなか、ろうそくを4本部屋にともし、古びた鏡に向かって3度呪文を唱えると、将来の結婚相手を知ることができるのだという。その呪文は「血まみれの天使」―― 「……という噂話がちまたで流行っておりまして。しかもちょうどおあつらえ向きに、がらくたの山から年代物の鏡を見つけたものですから。これはもう運命に違いないということで、さっそく天使さまを呼び出してみることにしたのです。結果は、大成功でしたわ」  わたしは毛布にくるまりつつ、鏡の向こうの女性に説明します。もう初夏と言っても良い季節ですが、夜中しかもナイトガウンだけともなればやはり冷えるもの。鏡の向こうの彼女はと言えば、頭を振りながらそっとひたいに手をあてていました。艶めく金色の御髪(おぐし)が一筋こぼれおちます。天使さまにも頭痛なんてものがあるのでしょうか。 「あなたの将来が心配です。こんなに素直な上に、向こう見ずだなんて。おかしなことに巻き込まれなければ良いのですが……。ちなみに、その話は結婚相手を教えてもらってそれで終わりですか?」 「そうですね、噂話によって少しずつ違いがあるようなのですけれど、鏡の中に引きずり込まれるだとか、鏡から血まみれの女性が出てきて襲ってくるだとか、おおよそそんな感じだったようですわ」 「まったく、どうしてそんな危ないことを試そうと思ったんです。呼びかけに応えたのが私だったから良いものを、一歩間違えば命を落としていた可能性だってあるのですよ」 「天使さま、どうぞお許しくださいませ」  美人が怒ると怖いというのは本当なのですね。天使さまの蜂蜜色をした甘く優しげな瞳が、一瞬凍りつき、そのままわたしを射すくめました。蛇に睨まれたカエルというのはまさにこのこと。見目麗しい天使さまにしこたま叱られて、わたしは白旗をあげました。けれど天使さまにお会いできた喜びのせいで、わたしの頬は緩みっぱなしです。  親代わりの祖父が亡くなってからというもの、転げ落ちる一方のわたしの人生ですが、天使さまに出会うことができたことは望外の幸運だと言えるでしょう。科学的に証明できない存在を、そうやすやすと信じるものではないと天使さま本人に指摘されましたが、間違いありません。だって天使さまのお顔は、王都の大教会の天井に描かれた天使さまと同じなのですから。 「そういえば天使さまは、血まみれではありませんのね」 「むしろ天使が血まみれとはどういう状況です」 「確かに。誰と一戦交えてきたのかという感じですものね」 「そもそも、結婚相手を教えた後に襲いかかってくるなど、天使ではなく悪魔なのではありませんか」 「それはなんともそそる展開ですこと」  実は悪魔な天使さま。美しい顔を酷薄に歪ませるお姿を想像して、わたしは胸が高鳴るのを感じました。天使さまの毒牙にかかるということであれば、むしろ喜ぶ方が続出してしまうのではないでしょうか。わたしの妄想を打ち切るかのように、天使さまのお声が響きました。 「それで、あなたは結婚相手を知りたいのですね」 「そうなのです。わたしの結婚相手はご老人でしょうか。それとも妾が複数いる好色な男性でしょうか。いくらわたしが身体的にどこもかしこもささやかであるとはいえ、どうか小児性愛者や加虐趣味のような、特殊な相手だけは避けたいのですが」 「……条件が極端に悪すぎるのですが、一体何が……?」  顔をしかめる天使さまに向かって、わたしは切々と今の状況を説明します。主に我が家の財政面について。  散財などした覚えはないというのに、気がつけば借金まみれ。祖父が生きていた頃は仲良くしてくれたみなさんも、今では誰も我が家に立ち寄ることはありません。たまの訪れは、返済の催促ばかり。時には、我が家の家財を持ち出そうとする方もいらっしゃいます。  この古ぼけた鏡を見つけたのも、何か金目のものは残っていないかと納屋の中をひっくり返していたからなのでした。 「結婚と言っても、結局は借金のカタに連れて行かれるだけなんです。どんな相手かわかれば、覚悟ができます。だからお願いです、 天使さま。わたしの結婚相手を教えてくださいませ」  床に這いつくばる勢いで拝み倒すわたしを見て、天使さまは困りきったように頬に手を当てました。なんということでしょう、まさか娼館にでも売り飛ばされてしまうのでしょうか。それならば「結婚相手」は見つからないでしょうし、天使さまが無言になってしまうのもうなずけます。 「天使さま。一生誰とも結婚できないなんてこと……」 「結婚云々は置いておくとして。まずは、その借金について聞かせてください」  天使さまというのは、俗世の事情にもお詳しいのでしょうか。思った以上に現実的なアドバイスに、わたしはぽかんと口を開けてしまったのでした。
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