誓い

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「出せるんですか?」 「ああ、問題ない」 SP達がホッとした顔を見せる中、アゲハはそんな大金を自分の為だけに出させる訳にはと慌て出し、仁斗はそんなアゲハにニッコリと笑う。 「ご祝儀って事でさ・・純輝がよくやってくれてるから金にも困らない。後は日本に帰ったら純輝ご自慢の花嫁さんの打掛姿でも見せてよ?」 「だよねー、でも俺ドレス姿も見たいなー」 一変して和やかになった空気の中で、アゲハは涙ぐんで蝶子や桜と共に喜んでいたが、男達はタバコを理由にバルコニーに出るとスっと真顔に戻る。 「買収が成立するまで、アゲハが契約を破棄した事は伏せて置いた方がいいな」 「ああ・・これで終わる相手だと思えない」 「回りくどく買収までするんだ・・次はどんな手段を取ってくるか分かんねぇぞ」 仁斗はフムと顎を摩ると、共に付いて来たSP達に目を向ける。 「武器が欲しい、用意出来るか?」 「手配します・・貴方達、何者ですか?」 心底不思議そうに皆の顔を見回すSP達に、皆はふふっと笑った。 「ジャパニーズ・ヤクザだよ」 皆が部屋の中へと戻ってくる中で、入れ替わりに蝶子はバルコニーへと出て純輝を引き止めた。 「純輝、あの首飾り・・どこで手に入れた?」 「昨日・・グランドキャニオン行った時、土産屋で買った」 まさか首飾りの事など聞かれるとも思っていなかったので、純輝はペロリと嘘を付いたが、蝶子は外に広がる夕焼けに視線を投げたままクスリと笑う。 「あれは売ってない。Lander Blueと言ってね・・濃いブルーに黒のマトリックス・・世界でも稀少価値の高いターコイズなんだよ。・・あれはサンヤ族が特別なまじないを掛ける時に使うものだ・・大昔に一度だけ彼らの生活を撮らせて貰った事がある・・会ったんだね?」 「ああ・・サンヤ族の小さな女の子がくれたんだ・・蝶を守れってさ・・」 さすが世界を股に掛けるカメラマンに下手な隠し事は出来ないもんだと、純輝は今度は嘘を付く事なく情報を選んで伝えた。 「電話なんて滅多に掛けてこないくせに、昨日連絡をくれたのはそういう事か・・」 「あの首飾りにはどんな意味が?」 「サンヤ族では、死に近い者が悪霊に連れて行かれるのを防ぐ為にあれにまじないを掛けるんだよ・・純輝はそれがアゲハだと思ってるんだね?」 「母さんだって可能性もない訳じゃない。十分気を付けて」 ‘ 母さん ’ ・・そう呼んだのはいつ振りだろうか。 最後の大喧嘩から純輝は蝶子を母と呼ぶ事を止めた。その理由は父と同じだ。他人とも言える距離の方が母は安全なのだと気付いたからに過ぎないが、きっと蝶子は違う意味でそれを受け止めている気がした。この機会を逃せば、もしかしたら永遠に自分の気持ちを知らずに終わってしまうかもしれない。純輝は今まで一度も言った事のない心の内を話し始めた。 「最後に大喧嘩した時の事、覚えてる?」 「・・母親ヅラすんじゃねぇ・・あれは堪えたな」 独り言の様に口を突いて出た言葉に、蝶子が小さく笑う。 「ガキの頃はさ、どこの家も母親が居るのにどうして家には居ないんだ、母さんは俺達より写真を選んだんだって思ってた・・あん時、親父にぶん殴られたじゃん?・・あんなに怒った親父を見るのも初めてでさ・・母さんはすぐスタジオ行ったから知らないだろうけど、あの後親父に言われたんだ。自分達の世界に引き摺り込んで、母さんを一生家に閉じ込めるのかって・・そん時気付いたんだ、母さんを家から遠ざけてるのは親父の方なんだって・・。それが母さんを守る事に繋がってるんだってさ。他人と言える距離の方が安全なんだって分かったら、もう人前で ‘母さん’ って呼べなかった・・気にしてたなら、ごめん」 夫だけじゃない・・この子も守ってくれていたんだ。その事実に蝶子の目からは涙が溢れ、それを隠す様に蝶子は純輝に背を向けた。 「泣くなよ」 「泣くわよ」 「・・母さん、アゲハの事・・頼むな」 「当たり前でしょ!もう娘と同じよ、あんた達が別れてる間も私達ずっと連絡取り合ってたもん」 「何だよ!初耳なんだけど!」 心の中にあった石を互いに取り去った2人はその後もしばらく話していたが、純輝は最後まで蝶子に悟らせなかった。自分が母と呼んだ意味も、アゲハを頼むと言った真の意味も・・。 決して諦めた訳じゃない。だが、今1番死に近いのは自分だろう。夜の闇と共に近付いてくる死の臭いに、純輝は鼻をスンと鳴らすと拳を握り込み、それを振り切る様に皆の元へと戻った。
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