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夢の世界は自由だ。
歩いても走っても、何をしても苦しくない。煩わしい管も何もない。身体が軽い。
いろんなところに行けて、いろんなことができる。夢の世界は、居心地がいい——。
「今日はどこへ行こうか」
俺はいつものように友達へ話しかけた。
夢の世界は自由だ。思ったところへすぐに行けてしまう。空も飛べれば瞬間移動もできる。
「昨日が山なら今日は川? プールもいいな。そう思うだろ?」
いつもなら俺に飛びついて「行こう行こう!」と急かして来るのにその気配がない。
俺は後ろを歩く友達の方を向き、「なあどこがいい?」と尋ねる。
友達は俯きながら歩いていたけれど、ピタリと歩くのをやめて立ち止まった。そしておもむろに顔を上げて、笑った。
「海に行こう」
「海かーいいじゃん。行こうか!」
俺は友達の手を取り引っ張るも、動こうとしない友達に苛立ちを覚える。グイグイと腕を引っ張るも、全く動こうとしない。
「なあ、どうしたんだよ」
「君が治ったらさ、海に行こう」
「——え?」
「真夏の海でさ、砂浜で遊んで海で泳いで、あと海の家でかき氷食べたり焼きそば食べたりしよう」
友達は俺の横を通り過ぎて、スタスタと歩いて行ってしまう。俺は慌てて後を追いかけた。
「おい! どうしたんだよ、急に」
「君はきっと——絶対に元気になる。背も伸びるだろうし、運動だって出来るようになる。みんなと一緒のことが出来るようになるよ」
「俺の話聞いて」
「今は!」
俺はびくりと肩を揺らす。友達は立ち止まり、それにならって俺も立ち止まる。手を伸ばせば届く距離、だけど、その一歩がやけに遠く感じる。
それに、なぜか急に涙があふれてきた。
拭っても止まらない涙は、頬を伝って足元に落ちる。黒いシミが幾重にも重なり、広がっていく。
「——今はさ。まだ無理だけど、数年後には、きっと海で泳いでいるからさ。だから、だからね。その時にまた会おうよ」
「そんなの……信じられるか」
「大丈夫だよ、ずっと君のそばにいるもん。これからは——ずっと一緒だよ」
友達は振り返り、俺の両手を取ってギュッと握りしめた。夢の中のはずなのに、手の感触とか力強さとか、温かさとか、全てがリアルに感じる。
友達と、夢の中で出会ってから3週間くらい経った。きっと、多分だけど、今日が『さよなら』の日なのかもしれない。
理由はわからない。けれど、俺は漠然とそう思った。
でも、友達はずっと俺のそばにいると言ってくれた。だからこれは『さよなら』なんかじゃない。
「『さよなら』……じゃないんだろ?」
「うん」
「ずっと一緒、なんだろ?」
「うん、これからはずっと一緒」
「……違うだろ。『これからも』一緒だろ」
「……そっか、そうだね。うん、これからも、一緒だ」
「また、会える?」
「会えるよ、だって、ずっとここにいるんだから」
友達はそう言って、俺の胸にとん、と手を置いた。
「君の中にいるよ、ずっと、君と一緒だ」
「うん」
「元気になったらさ。海に行こうよ。きっと楽しいよ」
「うん。約束、するよ」
「——君と会えてよかった」
「俺も、会えてよかった」
友達は満面の笑みで、俺はぐしゃぐしゃに泣き腫らした顔で、力一杯抱き合った。
「——なんだ、お前男だったのか」
「——悪かったね、男で」
俺たちは笑った。そして、いつもみたいに別れの挨拶をした。いつもと、変わらない挨拶を。
「またな」
「うん……またね」
また、すぐに会えると信じて。
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