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「なあ、覚えてるか? 海に来てるぞ」
俺は1人、浜辺にたたずみ水平線を見つめた。どこまでも続く果てのない先を見つめて、俺は空を見上げて目をつむる。
「俺、昔死にかけたことがあるんですよ。それも病気で」
そう言うと、誰もが目を見開いて驚き、俺の頭から爪先まで何度も視線を往復させる。そして決まってこう言うのだ。
「またまた。そんな冗談言って」
身長180センチ、褐色の肌を見れば、皆そう思っても仕方がないかもしれない。
けれどこれは俺自身の努力のたまものであって、神様からのギフトではない。
『元気になったらさ。海に行こうよ。きっと楽しいよ』
そう。これは約束を果たすための、努力の結果だ。
✳︎
「——今日も、夢見た」
「あら、また? 良かったじゃない、最近楽しい夢ばかり見れて」
「今日は山へ行く夢だったよ」
「いいわねえ、お母さんも夢に出てきた?」
「出てこないねえ。いつも出てくる子だけ」
「そっか、いつかお母さんも夢に出てくるかなあ」
母さんは部屋の花を生け直して、散らかることのない病室を丁寧に掃除していく。
ベッドの上からほとんど動くことのない俺にとっては、そんな頻繁に部屋の隅々まで掃除することないのに、と思ってしまう。
「その夢に出てくる子は知らない子なんでしょ? 一度も会ったことないの?」
「ないんだよね。アルバム見たけどいなかったし」
「男の子か女の子かもわからないの?」
「夢では顔、見てると思うんだけどさ。起きると覚えてないんだよね」
「まあ夢ってそんなものよね」
母さんは「ちょっと先生のところへ行ってくるわねえ」とコンビニに行くかのように出かけて行った。
入院生活も2年になろうとしている。
入退院を繰り返していたけれど、最近は入院している時間の方が長くなってきた。
だからと言って悲観しているわけでもないし、達観しているわけでもない。
今を生きる。
それだけをこなし、明日へつなげる。
そんな生活を繰り返していた俺に、1つ転機が訪れた。
『夢』を見るようになった。
それも、決まって同じ子が出てくる夢。正直、最初は薬の副作用で幻覚なのかとも思ったけれど、そうではないらしい。母さん曰く、ちゃんと眠っていると言っていたし、薬もそこまで強くないらしい。
何はともあれ、夢の中ででも友達が出来たことは嬉しかった。
——夜が怖くない、といえば嘘になる。この夜が最後になるかもしれない、と思わない日はない。
明日、朝を迎えられるか……そう怯える日々を過ごしていたこともある。
けれど今は、夜が好きだ。夢の中でしか会えない友達に会うことが、今は何よりの楽しみになっていた。
「夜が待ち遠しいなんてなあ」
ひとりごちて、生白い腕に刺さるいくつもの管を眺める。夢の中の自分には、何もなかったものたち。いつか外れる時はくるんだろうか。
その時は……どんな時なんだろうか。
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