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僕の大切なその人は、ある日突然僕の前からいなくなった。
待ち合わせの約束をしていた、その日のことだった。
『ごめん、今向かってるけど少し遅れる!』
ーーそれが、彼からの最後のメールだった。
信号待ちをしていたところに、暴走した車が突っ込んだ。一瞬のことだったらしい。
待ち合わせ場所に先に着いていた僕は、遠くに聞こえるやけに騒がしい緊急車両のサイレンも、街の雑踏の1つくらいにしか思っていなかった。それが彼に関係のあるものだなんて、思うはずもなかった。
『大丈夫。待ってるから、ゆっくり来てね』
……そのメールに既読がつくことはついになかった。
いつまでも訪れることはない彼を、僕は何も知らずにずっとずっと待っていた。
何度掛けても繋がらない携帯に不安を抱き始めた頃、小学校からの幼なじみで、僕と彼との共通の親友でもある琉大からかかってきた電話で、全てを知ったのだ。
「……え…?」
電話の向こうの琉大の声は震えていた。
余りに信じ難い言葉が、僕の耳に流れ込む。街の音が一瞬にして消えた。
悪い夢だと、どれほど誰かに言って欲しかっただろう。
琉大が待ち合わせ場所まで駆け付けて来てくれた時、僕はその場で真っ青になって震えていたらしい。その頃の記憶は、あまりない。
少しずつ、少しずつ、それを現実だと自覚していかなければいけないことが恐ろしかった。
いくら僕が泣いて叫んでも、受け入れることが出来なくても、群青が混じり始めた茜色の空の中に溶けていくように、確かに彼ーー悠雨は僕が生きる世界から消えてしまった。
……僕の中にただ1つの、忘れ形見を残して。
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