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「寺尾は、これから少しでも楽すればいいと思ってる。俺のために費やしてきた時間を自分のために使えばいいと思ってる。……何より寺尾には感謝してるから」
「うん」
「まぁ、ガキの頃はつまらない反抗もしたこともあったけど」
「反抗期?」
「そんなとこ」
碧惟の反抗期は怖そうだな、と笑えばうるさい、と返ってくる。
「でも寺尾さんは、碧惟はいつも何かを堪えて我慢してるような、そんな子どもだったって話してたよ」
「……そんな子どもの頃のことなんていちいち覚えてない」
……嘘。
それはきっと、今も傷跡になりきることのない、碧惟の心の傷。
何かの拍子に瘡蓋が剥がれてまた真っ赤な血が流れ出すみたいに、何度だって同じ傷に傷つくのだ。
それでも、その傷の痛みを、一緒に和らげることが出来るように。
瘡蓋が剥がれても、すぐに塞ぐことが出来るように。
そんな風に、僕は碧惟の傍にいたい。
いると、決めている。
「また何か小難しい顔で余計なこと考えてるだろ」
「余計じゃないよ。ずっと碧惟の傍にいたいな、って思ってるだけ」
「いてもらわなきゃ困るんだけど」
「……うん。ずっと一緒にいる」
もたれかかる碧惟の肩は、ちゃんと温かい。そのことにいつも、僕はとても安心するのだ。
「あ、そうだ。これ」
「?」
僕と同じように頭を預けて寄り添っていた碧惟が、ふいに何かを思い出したように、傍らにあった仕事用の鞄を開けた。
中から出てきたのは大きなサイズの茶封筒。
開けてみれば、と手渡され、僕は糊付けされていない封筒の中身を取り出した。
「わ、これ……」
中から出てきたのは、所謂結婚式場のパンフレットだった。幸せそうに微笑み合う2人が表紙のものや、どこかの国のお城みたいな景色が載っているもの。
5冊以上は入っていて、どれもきらびやかで眩しい。
「好みのやつある?」
そう言われてみても、ざっと見たところとても選べそうにない。
それより何より……。
パンフレット1つで『結婚』、といういまだ慣れない言葉が現実味を帯びてきたことに、頬がかぁーっと熱くなる。
大企業の御曹司ということで色々と時期的なものも調整が必要らしく、碧惟とはまだ籍も入れていなかった。
そんなの当人同士の自由だろ、と碧惟は不服そうだったけれど、そう思ってくれる彼がいるだけで、僕は何も心配せず一緒に時期を待つことが出来た。
ようやく来月に直緒と一緒に籍を入れることになり、結婚式も挙げることになった。
結婚式に関しては寺尾さんが一番張り切っていて、そこも当人同士の、と言いかけた碧惟は、寺尾さんの勢いに完全に圧されてしまった。
ね、晴瑠様!!と物凄い圧で押されれば、僕も「は、はい……」と頷くしかなく。
こんなしがないΩの僕が、結婚式まで挙げられることになるなんて、本当に人生って不思議だなぁ、と思わずにいられない。
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