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「僕……何か言った?」
番になった頃から、僕は碧惟の前で悠雨に関することを話さないよう、特に気をつけるようになった。
碧惟の番になったのに、いつまでも悠雨のことを口に出すのはいけない気がして。
だけどもちろん悠雨を忘れた訳じゃない。
離れのリビングに飾っていた写真は、僕の部屋として用意してもらったところに、なけなしの荷物と一緒に飾ってある。花を飾ることも毎日欠かさずに続けていた。
毎朝変わらず、悠雨に「おはよう」と言うこと。毎夜必ず、悠雨に「おやすみ」を言うこと。
それらを全部、碧惟の目の届かないところで出来るように気をつけていた。
でもうっかり……例えば、寝言とかそんなので。
僕は気づかない内に悠雨の名前を口にしていたのかもしれない。
「いや。晴瑠は番になってから、その名前を出さないように凄く気を使ってるだろ」
「……」
碧惟は何でもお見通しなのだろうか。
叱られている訳でも、咎められている訳でもないのに。
居心地が悪くて、僕は何かを伺うように碧惟を上目遣いに見上げる。
悠雨の弟だから碧惟のことを好きになったんじゃない。
でも碧惟にはやっぱり、悠雨と同じ血が半分は流れているんだ、と思ってしまうのも事実だ。
香りが、似ている。
真っ直ぐな眼差しも。
ふいに見せる、面影も――。
「ごめん……。碧惟が嫌な思いをしないようにって、思ってはいるんだけど……。これからはもう少し、気をつけるから……」
『忘れろ』と碧惟が言えば、僕はそれを受け入れられるのだろうか。
……ううん、それは無理だ。
そうしようと思っても、きっと出来ない。
そして、そんな感情が残り続ける限り、僕は碧惟を心から好きだと言える資格がないのかもしれない。
碧惟を、どんなに想っていても。
「俺は悠雨に似てる?」
「……っ!? え……?」
落ちてくる思考に視線を伏せていた僕は、碧惟の口から初めて聞いたかもしれないその質問に驚き、顔を上げた。
「似てるとこはあるかって聞いてんの。俺は悠雨に殆ど会ったことないから」
テーブルに頬杖をついて真っ直ぐに僕を見る碧惟は、別に怒ったりしている感じじゃない。ただ純粋に、楽しそうに。
その質問を僕に訊ねているように見えた。
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