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全ての明かりが失われか、本多 梨加は不安に包まれた。
(真っ暗)
暗闇のステージに、梨加たった一人だ。扉は閉鎖され、三方の窓は遮光カーテンで覆われている。
梨加の目が慣れていくと、ポツポツと仄かな光が、闇のステージにぼんやり浮かび上がる。夜に舞う蛍に似ている。
(どっちだっけ)
室温はぬるく、からからの喉は叫び声も出ない。23人の視線に囲まれながら、人形のように梨加の足は硬直した。人形のような格好で。
(う、動けない……!)
「ストップ! 柚子、どうしたの?」
フリル袖のノースリーブワンピースはもはや抜け殻となり、梨加は暗闇の中で黙り込んだままだ。
「――リカちゃん」
役名でなく愛称で呼ぶ声を、梨加の耳は捕らえた。頬を伝う汗をさらりと撫でられた気分になる。
「リカちゃん、大丈夫?」
舞台上座(※客席から見て右)に立つ梨加の逆、下座から部長かつ、劇の主役である柊司だ。
公家顔の柊は心配そうに声をかけるが、いつも通り落ち着いた声音は、梨加の体を解いていく。
「ソロパートの動き、忘れちゃった?」
「あ、あの。く、暗くて」
「暗くて?」
上目遣いで梨加は続ける。
「こ、怖くて、う、動けなくて」
夜に怯える子どもの言い訳のようで、すぐに後悔した。
それと同時に、舞台と客席側の灯りがつく。暗転から日常灯へ。
つくりものの夜から、昼の眩しさに戻れば、いつもの体育館が現れる。
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