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桐明高等学校演劇部は、来月、夏の地区予選を控えている。日曜日の体育館貸し切り使用を許可され、初の通し稽古を迎えていた。
通しでは、幕開けから緞帳が降りるまで芝居が進む。誰がミスしようが、止めない。
けれど今、〈柚子〉役から抜けた梨加に、客席のスタッフチーム部員の顔がはっきりと見える。うだる空気の中、刺すような視線の先に2年の水戸さやかがいた。今作の演出担当のさやか、愛称・ミントは舞台を見渡した。
「通しは、まだ早かったね。皆、ごめん。撤収!」
演出が決めたからには中止だ。
(私のせい)
説教される覚悟をした梨加は、肩を落とした。
板張りの床に貼られたビニールテープが目に入る。テープを重ねて作った✕マーク。暗転中に光る正体を見つけ、梨加は上から踏みつける。
「ごめん。ひょっとして、外れかけてた? それ」
慌てて振り返ると、同じ1年で装置スタッフの土田将生が舞台脇から現れた。大きな体を屈みこんで点検し始める。
悪さを覗かれた気分だ。
「ツッチー……、ち、違うよ」
「……ならいいけど、もし、そのバミリのせいだったら、装置スタッフの責任だし」
スポーツ刈りの頭を掻きながら、土田は詫びるように顔を歪める。
ステージ上で大道具の位置等を定めることを、舞台用語でバミリと呼ぶ。
観客からステージを見た際、バランス良く見えるように配置を整え、専用のテープを床に貼る。蓄光性のプラスチックテープは、暗い中で仄かに光り、舞台側だけの目印となる。
確認する土田の背中に、梨加は腹が立ってきた。
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