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「沙良、おかわり」
「はいはい、もちろん私も飲んで良いのよね?」
「ああ、好きにしろ」
「ちゃんと伝票にも付けとくからね」
「しっかりしてんなあ」
従業員と一緒に飲みたい場合は客が奢るシステム。女の子は奢ってもらった杯数×料金の半分が自分の取り分となる。その為、気前よく飲ませてくれる客は非常に有難い上客なのだ。
有瀬の立場などなかったかのように、これらも余すことなく会計に加算される。普段からしっかり者の沙良に店の殆どを任せている分、小遣いをやるくらいの気持ちであった。
カウンターの中央付近にあるパントリーで器用にレモンサワーと自分で飲む紅茶ハイを作りながら、背中越しに沙良が訪ねた。
「今日はこの後どうするの?」
「ああ、この分だと店に居ても良かったんだが……実は人と会う予定があってな」
ガラガラの店内に肩を落としつつも、予定の時間まで余裕がある事を腕時計で確認する。すると戻ってきた沙良からグラスを渡された。
「乾杯」
「いただきます」
果肉など一切入っていない、安いが安定したレモンサワーの味。
「女の子?」
「いや、残念ながら男。というかいつもの後輩だよ」
「本当に残念そうね、子犬みたいな顔して」
「年上のおっさん捕まえて子犬とか言うな」
「アイツと会っても碌な話にならないからな」
すると見計らったかのようなタイミングで有瀬のスマホにメッセージが届いた。
「げっ、もうすぐ着くってよ。アイツ暇だったのかな、今日は」
「よかったじゃない、この辺りも平和って事ね」
「まあ、そうだな」
「いつも通り閉店間際には帰ってくるよ、何かあったら連絡しろ」
「うん、いってらっしゃい」
残りのレモンサワーを飲み干す頃にはきっちり計算された伝票を沙良から渡された。現金で支払いを済ませ、黒いセットアップの上着を羽織ったその時、この日初めての来店を告げるドアベルが鳴り響いた。
カランカラン
「いらっしゃいませ、ようこそKuへ」
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