シタマチ・インシデント

EP1:エデンの煙-1

　週末金曜日、世間様の給料日後とあってオープンから繁盛している。本来、早めの時間帯は常連客が目立つが今日は2組、新規客の姿も見える。私は各席の伝票を管理しながら常連さんとお話ししていた。

　「沙良ちゃん、今日は混んでるねえ」

　「ええ、お蔭様で。週末だもんね」

　「今週も頑張ったから、癒されに来てるんだな」

　「あら、じゃあ楽しんでいってくださいね」

　Kuの客層は40～50代がボリュームゾーン。次に多いのが60代。若い男性陣は飲み会帰りの深夜帯に多いが、頻度は高くない。その辺の飲み屋よりは高く付くからだろう。
　20代も後半戦な私だが、50代以上のお客さんからすると娘に近い存在らしい。いつも陽気なおじさん達は優しい笑顔で話しかけてくれる。自分で言うのは気が引けるが人気もある方だ。今日も私と飲みたいという有難い常連さんが既に3組来てくれている。
　だが他の従業員はもっと若い、二十歳の子だっている。皆よく働く良い子たちだ。今夜はシフトを厚めにしているからか、店内は若いエネルギーで溢れかえっていた。

　そんな中、突然一人の女の子から呼び出された。

　「沙良さん、ちょっと……」

　「ん？どうしたの？」

　菜々ちゃんは半年前に入ってきてくれた底抜けに明るい女の子。少しボリュームを抑えないと耳が痛くなるくらい。しかし根は真面目でお店に立つ時以外は案外大人しい、私のお気に入りの一人だ。
　そんな子が珍しく困惑の表情を浮かべている。通常、私が呼ばれる時はお客さんのリクエストか、お会計、悪い場合だとクレームだが…そんな様子でもない。それに今彼女が付いているのは菜々ちゃんの常連さんの所だ。勿論私も顔見知り。

　「実は、相談を受けちゃいまして……」

　「相談？どんな？」

　「クレームとかではないみたいなんですけど、とりあえずオーナーを呼んで欲しいって」

　「オーナーを……うん、わかった。今は外出中だから、一旦私がお話聞いてみるね」

　「ありがとうございます」

　一先ず菜々ちゃんは、私がさっきまで話していた卓に移動してもらった。オーナーをご指名とはなかなかのご趣味をお持ちで…なんて軽口を叩こうかと思ったが、思いのほか深刻な表情でいるお客さんを見て、その言葉は引っ込めた。

　「どうしました？川越さん」

　「あぁ、沙良ちゃん。いやちょっとね、有瀬さんとお話し出来たらなと思って」

　「生憎外出中なんですよ、多分戻るのは朝方かな」

　店が混んでいる時、流石に邪魔はしないらしい。オーナーは席が埋まり始めたタイミングで外出し、締め作業を行う閉店間際に顔を出すのが通例だった。

　「そうか、さすがに眠くなっちまうな」

　「私でよければ伺いますよ？なんなら伝言でも」

　「うん、そうだな。とりあえず話しておくから、有瀬さんに伝えておいてくれると助かるよ」