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第8話 2キロメートル先
強烈な光に目が眩み、思い切りつぶった目をいつ開けたら良いだろうかと考えているうちに俺は気を失っていた。
目が覚めたのは夕暮れ時の草原の真っただ中だった。
遠くに大きな山が見える。裾のまで見えるのだから単独峰なのだろう。富士山かと見間違うほどのキレイなすそ野だが、やや傾斜が強い。富士山のすそ野は約28度らしいが、こちらは40度くらいありそうだ。
それにしても、なんだここは、どうして俺はこんなところ……。
「あ、そうか、ここが転生先か」
ようやく思い出した、俺は転生したのだ。ドラフト外だけどちくしお。
「育成契約だと思うモん」
「やかまし……あれ? お前、ネコウサか。どうしてここにいる?」
「どうしてとは失礼モん。お主が欲しいと言ったモん」
そう言ったのは覚えている。だが待て。俺は最初に出した条件を全部チャラにして、半ばやけくそで『スローなライフにしてくれ』って条件に変えたんだ。それなのにどうしてこいつが付いてきた?
「タイトルの宣伝はもういいモん。それより」
「それより?」
「なんか魔獣ポイのがお主を狙ってるモん」
「それを早く言えぇぇぇぇ、ひぇぇぇぇぇ」
がうっがうっぐるるるる。
遠目だが、野良犬と思しき生き物がうめき声を上げながら走って来るのが見えた。10頭近くいるだろうか。見るからに凶暴な顔をしている。あれは俺をエサとして見ている目だ。知らんけど。
「どわぁぁぁぁ、どうすりゃいいんだ。おい、ネコウサ。なんとかしろよ」
「む、無茶を言うでないモん。ボクの2.87倍は大きい相手7頭にかなうわけないモん」
「お前、ずいぶん細かい計算と観察ができるんだな」
「感心している場合じゃないモん。早く逃げるモん。あの大木に登ればなんとかなりそうモん」
そうだった。まずは逃げなきゃと俺は必死で走る。ネコウサが言った大木は、草原の真っただ中に1本だけ生えていた。まるでこの木なんの木である。俺に登れと言わんばかりにそそり立って……違うだろうな。ただの偶然だ。
そこまで約100メートル。俺は必死で走った。これだけ走れば息苦しくなりそうなものだが、幸いにもそういう感じはなかった。
だが、速度は確実に4本足のほうが上だ。その差はどんどん詰まって来る。俺はさらに必死で走った。学校の部活かよ、ってぐらい一生懸命走った。
「ここっ、ここっ、ここモん。このコブに右足をかけて、そうそう、それでこの枝を右手でつかんで。手じゃなくて足の力を使わないと登れないモん。つぎはこの枝を左手で握って」
そんな細かい指示を出すネコウサに従って、なんとか3メートルほどの高さの枝にたどり着いた。下では魔獣――犬ころにしか見えない――が固まってこちらに向かって吠えている。
「ふぃぃ。役に立つ助言ありがとなネコウサ」
「あ、うん。それより」
「ああ、集まってきたな。このまま諦めてくれればいいのだが」
それから1時間。
「座ってるのもいい加減疲れてきたぞ。あと、腹が減ったしケツが痛い」
「あいつら交代でこっちを監視してるモん。逃がす気はないみたいだモん」
「お前、あいつらをやっつけられないか?」
「さっきも言ったけど身体の大きさを考えるモん。1匹にだってかなうわけないモん」
「お前は魔法が使えるんだろ? なんか火とかぼわぁぁって出せないのか?」
「さっきからやってるんだけど」
「さっきからやってる?」
「魔法が発動しないモん。ボクの力、なくなってしまったみたいモん」
「役に立たねぇな、もう」
「そんなこと言っても仕方ないモん!!」
「よし、それなら」
「なんか良い手があるモん?」
「お前をおとりにして、そのスキに俺が逃げるというのはどうだ?」
「ど、ど、どうだ? じゃないモん。そんなことしたらボクが死んじゃうもん!」
「主人のために命を張るのが眷属の務めだろうが!」
「いや、そういうのはちょっと違うモん。いや、全然違うモん」
「どう違うんだよ」
「眷属は主人に従い、主人は眷属を労りつ」
「浪曲かよ」
「浄瑠璃モん」
「お前の知識の偏りが分からん。しかし、このままではふたりとも食われてしまう。せっかく来た異世界が1日で終わりかよ」
「もうちょっと上に登ってみるモん。なにか見えるかも」
「見えたところでどうしようもないが……。しかし偵察は必要だな。見てきてくれ」
「了解モん」
身軽なネコウサはスルスルと木を登って行った。それを見てから気づいたが、この木はかなりの大木で高さもある。俺のいるところから一番上はまるで見えない。ネコウサの姿は枝や葉に遮られてあっという間に見えなくなった。
「あいつ木登りは上手だな。まさか自分だけ逃げる気じゃないだろうな? といっても、周りに木がまったくない以上は、そんなことできるわけないか」
まったく。なにを考えてこんなところに飛ばしやがったんだ、あの……えっと、なんだっけ。そうだ、おだんご頭だ。せっかく獲得した選手をこんなとこに放り込んで放ったらかしかよ。
異世界の常識で言えば、いろいろ頭の中で教えてくれる親切な世界の声があったりアドバイザーらしき美女とかがいたりするものだろ?
それもないとしたら、俺にものすごい能力が備わっているぐらい……だがそれはないわな。俺の出した条件は全部拒否されたのだから。
しかし唯一の条件『スローなライフにしてくれ』という約束は、本当に守ってくれるのだろうか。
ネコウサがいてくれたのは良かったが、魔法が使えないし犬ころと戦う力もない。とんだ役立たずだ。
「なんかディスられてたモん?」
「言ってない言ってない。お帰り、それでどうだった?」
「ここから2キロメートルほど北のところに、建物が見えたモん。人がいるんじゃないかと思うモん」
「人の姿は見たか?」
「見えなかったモん」
「建物はどうだった。新しかったか? 大きかったか?」
「古さは良く分からないけど、普通の一軒家ぐらいの大きさだモん」
ふぅむ。これは良くある俺のために用意された家、という線が濃厚だな。つまりそこに逃げて行くまでが第一章なわけだ。そこで300年ぐらいスライムを狩ればいいのかな。
「これだからラノベズレしたやつは。自分が死ぬかもしれないとか考えないモん?」
「よく考えると、俺がここで死ぬことはない」
「なにを断言してるモん?」
「俺が死んだら物語が終わってしまうだろ。そんなこと作者がするものか」
「お主が死んで、ボクが主役になるという手も」
「「それはない!!」」
……? なにいまの? なんでハモった?
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