第1話 おみくじ

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第1話 おみくじ

「このみくじにあうものは、二日後に死ぬ」  はぁ!?  ワニでさえ100日は生きるというのに、この俺がたった二日かよ。ってか普通おみくじにそんなこと書くか? 大凶か。大凶なのか。それにしたって……  ここまで読んだあと、俺は改めておみくじの表題を見た。そして改めてツッコミを入れることになった。  なんだよ「神獣」って?!  これじゃ吉か凶か分からん。いや、死ぬっていうんだから吉なわけがない。誰かと心中でもするのだろうか。  ……疲れているからこんなダジャレしか浮かばないのだが。  俺は今、深夜の寺の境内にいる。時計はしてこなかったが、まもなく日付が変わるぐらいの時間だろう。  なにもする気になれなくてフラっと家を出た。ぼんやりと歩いているうちに、まだ一度も踏み入れたことのない場所に来ていた。ここはそのとき見つけた名前も知らない神社だ。入り口の門柱になにか書いてあったようだが、暗くて読めなかった。そもそも興味もない。  いつもならこの時間は、明日の株取引のために持ち株の変動をチェックし、株価ニュースを読みあさり、社会情勢を確認し、為替変動や株価材料を求めて掲示板やまとめサイトやメルマガを読み、株のことについて書かれたブログを巡回しているころだ。  だが、もうその必要がなくなった。  3千万円近くあった株資産を、わずか5日で溶かしたのだから。信用買いしていた株のひとつで不正会計が発覚し、5営業日連続でのストップ安となったのだ。その会社は100億ほどの赤字を53億の黒字と偽って報告していたのだ。単純な粉飾決算である。それが今週初めに発覚した。  さらに悪いことに、俺はその株で二階建て(現物買いした株を担保にして同じ株を信用買いすること)という、やってはならない(株取引界隈では常識のこと)をやっていた。そのため資産がなくなっただけでは済まず、本日付けでマイナス(借金)となってしまったのだ。  今日の時点で借金は200万円ぐらいだが、このままでは借金は膨らみ続けるだろう。  今日は金曜日。土日は市場が休みだから、月曜までは借金が増えることはない。だがいくら探しても良いニュースはなかった。週明けの相場も確実にストップ安だろう。  もう計算するのも嫌だから詳細は分からないが、来週もこの調子(ストップ安)が続けば、借金は軽く1億を越える。いや、もっと増える可能性もある。そうなれば口座は凍結されるだろう。その先に待っているものは、自己破産しかない。  いや、自己破産ができればまだマシなのだ。ここでひっかかるのが「二階建て」である。「株取引を行う上でやってはならない常識のひとつ」である二階建てをやっていた俺は、自己破産が認められない可能性が高いのだ。  この辺りの詳細はいずれ解説しよう。本筋とは無関係なので興味がある人だけ読んでもらえればいい。  なにはともあれ、俺の未来は閉ざされたのだ。  もうなにもする気力もなくなり、ただぼうっと歩いていた。あの会社CEOが粉飾決算さえしなければ。二階建てなんてバカかマネをしなければ。そもそも信用取り引きなど……。よそう。すべては愚痴にしかならない。  両親も早くに亡くなり妻も子もない孤独な俺にとって、全財産がなくなるどころか多額の借金を抱えるということは、もう生きている価値はないのと同じだ。  そう、死ねばいいのだ。死ねば借金も消えてなくなる。誰かが困るのかも知れないが、知ったことではない。迷惑のかかる可能性のある肉親がいない以上、それは赤の他人のことだ。  そんな気持ちを抱きながら、死に場所を求めて闇雲に歩き回っていた。そして偶然に見つけたのがこの神社だった。  ここで死んだら葬式に便利かな、とか思ったわけではない。なんとなく吸い込まれるように境内に足を踏み入れていた。  夜中でも街にはまだ灯がついており、それなりに喧噪が聞こえていた。だが、この神社に1歩入った瞬間にその音がすべて消えた。  街灯からいくつかの光が差し込んでいたため、境内を歩くのに不自由はなかった。ただ、音だけが消えてなくなったのだ。聞こえるのは砂利を踏む自分の足音だけだった。  この静けさは不気味だった。だが自暴自棄になっている俺にはどうでもよいことだった。  ここでいい。ここで死のう。  だが、どうやって?  そして見つけたのだ。本殿と思しき建物の横に、不自然なまでに煌々と灯のついた自販機を。おみくじ販売機であった。  それまでのある意味厳粛な気持ちなどどこへやら。神社の収入にはなるのだろうが、露骨な経済活動の象徴に毒気を抜かれた感じだった。死の淵から現実に引き戻された、そんな気がした。  ポケットから財布を取り出す。千円札2枚と小銭で300円ぐらい。これが俺の全財産である。こんなことにならなければ、中古のマンションを買って、仕事も辞めて悠々自適の生活を送れるはずだったのに。  いかんいかん。もう諦めなければならない。なにもかもが手遅れなのだ。俺はここに死に場所を求めてやってきたのだ。  だが自販機を見た瞬間、最後のちょっとした運試しをしたくなった。1回100円の運試し。もしかしたら、という気持ちがあったことは否めない。  そしてコインを投入して出てきたおみくじを読んだ。それが冒頭のおみくじである。  そのおみくじは細長く折りたたまれていた。表にひらがなでおみくじ、と書いてある。ここまではごく普通のおみくじだ。少し変わっていたのは番号が百一番とあったことだ。 「普通は二桁だよなぁ」  そうつぶやきながらノリを外して中を開ける。10段に折りたたまれた紙をパラパラと広げると、最上段に意味不明な文字でなにやら書いてあった。  なんだ、これ。俺の知らない言語か? 日本もグローバル化してこんなおみくじまで売るようになったのか。それにしてもどこの国が対象なのだろう。漢字でも英語でもない、象形文字でさえない。ぐねぐねとした奇妙な文字だ。  そのおみくじの中身は更に変わっていた。定番である、願事、待人、縁談……なんて項目はひとつも書いてないのだ。そしてただ1行だけ。 「このみくじにあうものは、二日後に死ぬ」  とあったのだ。そこだけはちゃんとした? 日本語である。そしてさらに不思議なのは、運勢の欄には「神獣」とあったことだ。  なんだ、これ?  それが俺とあいつとのファーストコンタクトであった。
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