【一】帰っていたおっさん

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【一】帰っていたおっさん

 関西人のおっさんが消えてから五年が経ったある朝のこと……。 「アガ……ッ……アガアガアガアガ……ッ」  突然、顎が外れそうな勢い……。否、外れそうではない……。外れたのだ。この経験は、以前にもあると思い、顎が外れた痛さを堪えながら、俺は思った。  おっさんが再び来るのか? 「アガ……ッ!」  自分の掌底を以前と同じように顎に一発。そして二発。すぐさま経験があったため対応をする。おっさんの声が頭の中でするのかと思った俺だったが、定位置に顎を戻してもおっさんは現れなかった。  朝七時に、顎が外れて起きたことは五年ぶりだ。あれから五年。俺は自分のことを僕から俺へと呼び名を変更した。というのも、色々人生経験も積んだからだ。俺の名前は山本孝之。とある俳優と名前は似ているが、あんなに濃い顔でも、イケメンでもない。どこにでもいる普通の男。十九歳の頃と違うことは、もう学生では無く、声優として働く社会人だ。  四年前にアニメーションスクールを卒業後、イベントで受けたオーディションで、あるプロダクションの目に留まり、声優として活動をしている。今、絶賛売り出し中の身なのだ。  今日は地方都市でのイベント会場近くにいる。ビジネスホテルに泊まり、朝を迎えたと言うのに、五年ぶりに顎が外れると言うことに、違和感をおぼえた。 「あぁ……」  ため息混じりに、両手をあげて伸びをしてパジャマから着替え、朝食を採るべくホテル二階のレストランへと降りる。  まだ眠い。目を擦り、欠伸を一つした。  二日連続で、イベントをするため腹ごしらえと思い、レストランに入る。昨日一緒にイベントをした声優仲間であり、僕の恋人でもある同期の大西千景(おおにしちかげ)が椅子に腰掛け、手を上げて名前を呼ぶ。 「こっち! おはよう! タカちゃん!」 「あぁ! おはよう……。ア〜アァ……」俺は伸びをしながら、席に着く……。と、突然背筋に電流が走った。 「イッ!?」  その瞬間とても懐かしくもあり、嫌らしさ満点で俺の頭の中でおっさんの声がした。 【お前の彼女か? めっちゃ美人やんけ! 成長したなあ!? 孝之】 「イィッ!」  もう一度声を上げると、千景が目を見開き俺を見て聞き返す。 「どうしたの? タカちゃん? 大丈夫?」 「……あっ……ああ……」  俺はおっさんの声をかき消すと、何事にもないように席に着き、少し引き攣った笑顔をして千景に応えた。 【安心しとったんちゃうかあ? びびった? 時間差。フェイントかけたった!】 「ああ、あかん……」  俺は、またおっさんの声が頭の中でしたことで、テーブルに肘をつき固まる。  その様子を見て、千景が俺の腕を取り体をゆらす。 「タカちゃん? どうしたの? 気分でも悪い?」 「い、いや、大丈夫……」  と、突然また頭の中で、おっさんが言う。 【おぉ? お前……。強なってへんか? やっぱし、来て正解やなあ!】  俺は、その言葉に小さく頭の中でおっさんと対話をする。 (なんやねん! おっさん! 急に来やがって! 再会は言うとくが、嬉しないからな!)  頭で念じると、おっさんが言う。 【お前、関西弁……使ってるやん】  ええから、出ていけおっさん!  そう念じるとおっさんの声は遠のいた。ホッと安心しながら、朝食のクロワッサンと、茹で卵、小皿のサラダを口にしながら、千景と今日のイベントの会話をする。 「ねぇ、タカちゃん、昨日の爆音戦隊バクオンジャーのイベントで、疲れてない? 大丈夫? バクオンジャーの攻撃方法が特殊だから、疲れたかなって、心配になる」  頭の中におっさんが現れたことで、固まった俺に違和感を感じたのか、千景は優しい言葉をかけてくる。  大西千景。彼女は俺と同じ声優で、同じアニメーションスクールを卒業した同期でもある仲間だ。卒業後も仕事現場で遭遇することが多く、どちらかともなく、惹かれ付き合いだした。  知り合った当時は、あまり会話を交わさなかったが、とある演技指導の時、先生に同じ質問をしたことで仲良くなり、今はこうして同じ戦隊モノの声優として活動している。昨日も同じイベントをこなし、同じホテルに泊まり朝食を食べている。 「ん? 大丈夫やで? 喉の調子も悪くはないしね」 「それだったら、いいけど、イベントの台本書いた脚本家に文句でも言いたいよね?」 「いやいや、俺はこれをチャンスだと思ってる。昨日も千景も感じたろ? イベントも大盛況だったし」  俺は、千景の心配する姿にちょっと可愛らしさを感じ、笑顔で応える。確かに、バクオンジャーという戦隊モノのキャラクターを演じている俺だが、そのキャラクター爆星(ばくせい)は、自分の声を爆音に変えて攻撃するという設定のキャラクターだ。  だからイベントでは戦闘時に、セリフを大声で言わないといけない。それが大変なのだが、でもやり甲斐は、これまで経験したキャラクターより人一倍大きいものだった。  なんせ、この爆星は、小中学生の子供に今大人気なっているからだ。  今日もバクオンジャーのイベントが朝九時と十四時からの二回公演が行われる。そこで俺は爆星のセリフを大声で対応しないといけない。 「そっか、タカちゃん、今人気者だもんね。ごめん、そりゃあ、やる気出るよね」 「ああ! 千景の演じるキャラ、爆実(ばくみ)も人気だろ? 頑張ろ!」  朝食を済ませると千景と俺は、イベント会場に向かうべく各自の部屋に戻り準備を済ませる。  ホテルロビーに出て行くと、手を挙げ俺を待つ千景がいた。 「悪りー! ちょっと遅れた」 「行こうっ」  ホテルを後にした。  しかし朝食時に聞こえた時以外、関西人のおっさんの声は鳴りを潜め出てくる気配がない。それもあってか俺は上機嫌でイベント会場に向かう。  するとすでに別働組の声優が発声練習をしながら、俺たちに挨拶をする。 「おぉ! 千景ちゃんと、孝之! 来たな! 今日はよろしくお願いしますね」  そう答えたのは、悪役、奇獣役の声優だった。 「こちらこそ」明るく対応する。発声練習をし、着替えを済ませて観客席を覗いてみる。  始まる十分前には、もう大勢の小中学生とその親御さんが席につき、ざわざわと騒がしい。  その光景を見ると気合が一段と入る。  BGMが開始五分前から鳴り始め、気分を盛り上げる。開始の合図は、舞台にミサイルが落ちる設定。爆発から始まる。さあ、気合の入る第一声が俺のセリフだ。  音楽が最高潮を迎えた時、アナウンスが鳴り、地球にミサイル攻撃という設定のもと、爆発音でイベントの幕が開いた。  鋭く強烈な爆発音の後に千景のセリフが入り、その後、俺が演じる、爆星の『爆音戦隊バクオンジャー! 爆星降臨!』と始まる。  そうセリフを大きく言った後だった。ホテルで味わった違和感と共に、関西人のおっさんの声が頭の中で聞こえてくる。 【見させてもらった。ええ声や! お前ら二人を連れて行く!】  おっさんの声が頭の中で聞こえた後、イベント予定にはない煙幕が俺の周りに吹き上がった。  と、同時にざわめく観客の声と、俺に駆け寄る千景が、名前を呼びながら手を掴んだ。俺は急に意識朦朧となった。  えっ……。何が起きてん……。  強烈な爆音の後、足元を震わせ倒れた。  どこか遠くの方で聞き覚えのあるおっさんの声がする……。 【孝之……。俺を助けてくれ、いや、俺の国を救ってくれへんか!?】
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