【四】解放

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【四】解放

「なあ、おっさん。なんで俺たちを連れて来たんや? 少しさっき言いかけてたけど……」  千景は俺の言葉に頷きながら、おっさんの言葉を待った。おっさんは俺と千景の顔を見て目を輝かせた。 【お前らが声優で出演したイベント会場で、俺は孝之たち二人の掛け合いを見た。その時思った。この声量、音域は武器になる。もう俺の国に後が無かった。だからお前たち二人に国の命運を託したくて、こっちの世界に飛ばした】 「それはわかったけど、声量? 音域って何や?」 【ああ、一般の人たちと違い、お前らの声には特徴がある。それは聴きやすさもそうだが、声が届く距離。一番は声が感情や心に突き刺さる。気持ちを掴むことが出来る声……。それが口無しを開放できる武器になると俺は知ってる】  目を輝かせ説明するおっさんの口元は少し先程とは違いニコリとする。安心感を演出したい為なのか、急に俺の肩を叩き大丈夫やと促す。さぞそれは、実証済みだと言いたい様でもあった。 【口無しを解放するには、海馬に訴え掛けられるぐらいの音域と声量が必要だと言うこと。安心せい……イベント会場で実験済みや】 「俺たちの声が? 解放の武器になる……? もっともらしい言葉だけど、何を言えば届くの? それがイマイチ、ピンとこないわ」 「そうね……」千景も同じ思いか頷く。  するとおっさんが言う。 【じゃあ、辺り彷徨う口無したちを、お前らの声で解放してみ? 出来る筈。お前らの声は海馬を活性化出来ることは立証出来てる。でも、俺と、お前らだけでは、おばーばーは倒せん】 「どう言う意味?」 【おばーばを倒すには、俺たちだけじゃなく、コーレイナウイルスに疑問を持った人たちが束になり、声を挙げて戦わないと、この国は救われへんってことや……】 「だから……。どうやって……」  するとおっさんは、ある装置を胸ポケットから取り出した。 「えっ?」 【お前らの声は、国の連中と違った周波数がある。特別な周波数の声で叫ぶと脳の海馬が刺激できる】 「海馬?」 【ああ! これはイベント会場でお前が爆星と言った時に取った数値。俺たちの国の声質とは明らかに違う周波数をお前ら二人は持ってることがわかった。口無しを解放出来るんや】  何となく強引な説明でもあったが、おっさんに促され、俺と千景は、歩道をゾンビの様に歩く人たちに向けて叫んだ。 「聞いてくれ! 口無しよ! 海馬に届け!」  千景と二人、道ゆく人々に向けて声量いっぱいに呪文の様に叫ぶ。  すると……。右往左往していた人々が、声に反応したのか一瞬足が止まる。  俺たちの声が届いているのか、虚な目つきだった人々の目に輝きが戻り始めた。その姿を見ておっさんが言う。 【いいぞ! 続けてくれ!】  おっさんに促され、俺たちは言葉を何度も何度も続けた。 「海馬に届け!」  凄く簡単な言い回しだが、何度何度も言い続けていると、意識朦朧と歩くだけのデク人形かゾンビたちが、正気を取り戻す様に、目つきを変える。  声で足を止め、自分が今まで何をしていたのか、分からなかった人たちが、自分の手を見たりする。  そのうち、マスクをしていることの違和感に気づきマスクを外す。  するとマスクを外した男性は大きな深呼吸をした。息を吹き返す様に、次の瞬間自我を取り戻し声を発する。 「おっ、俺は……いったい何を……」  千景も海馬に届けと続けている。千景の言葉に次々と意識を取り戻し、我に返る人々がいる。 「俺……。何をしていた?」 「私……。どうしてたの?」  周りで人々が集まりマスクを一斉に外し出す。 「おぉ! 何かが、今までと違う。この白い布切れは、何だ?」  歩く人たちがマスクに違和感を感じ、自分を取り戻す。 【おぉ! やはり間違いちゃうかった! 孝之……。ありがとう!】  ゾロソロと歩いていた周辺の異様な人々。口無しは正気を取り戻し、急にお互い言葉を交わしだす。  ひとりが目覚めれば、ひとりが正気を失っている人たちのマスクを剥がしに回る。  マスクを外すと、一瞬電池が切れたかのようにフリーズし固まるが、正気を取り戻す。  人間らしい会話や笑顔が溢れて出てくる。 【おお! お前らのお陰やあ! 解放されてる!】
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