西へ征く

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「助けてくれて、ありがとうございます」 「……」 「名は思い出せましたか?」  意固地に「斉天大聖(せいてんたいせい)」と答えようとして、やめた。 「――悟空(ごくう)。孫悟空だ」 「(くう)を悟る、ですか。よき名ですね。まだ何も得ていないあなたに、ぴったりです」  ゲンジョウの手が伸びる。反射的に逃げようとして、すんでのところで思いとどまった。あたたかな指先は、眼の(きわ)を優しくなぞる。 「恨みの色が消えました」 「恨みの色?」 「ええ。綺麗な黄金(きん)の瞳です。あまねくこの世を照らす、太陽と同じ色ですね」  綺麗だって。太陽と同じ色だって。そんなこと、永遠にも等しい時を生きてきた中で、初めて言われた。  どう答えていいかわからず、憮然と唇を引き結ぶ俺を見て、ゲンジョウが笑う。空では黄金の光が地上に降り注いでいる。  初めて目にした地上の太陽は、暗闇の中で聞いたゲンジョウの声に似ていた。 「さて、悟空。五百年の孤独を吹き飛ばして、お釣りが出るくらいには(せわ)しい旅の始まりです」  これが俺と玄奘三蔵法師(げんじょうさんぞうほうし)の出会い。  遥か西の国まで続く、旅の前日譚(プロローグ)
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