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失恋
痛った……ズキズキと痛む頭に昨夜の愚行をちらりと思い出す。
後悔しながらもそもそとベッドから抜け出しテーブルの上にあったペットボトルの水を飲んだ。生ぬるくなってしまった水が喉を通って行く。
喉の渇きは少しましになるが気分は最悪だった。
何だか身体のあちこちが痛いような気もするし色々な想いに心がぐちゃぐちゃになる。
今まで色々我慢してきた全てを吐き出すように深いため息を吐いた。
昨日は密かに好きだった先輩の結婚式だった。
俺が好きだったのは新婦…ではなくて新郎の方だ。俺は男しか好きになれない。
とてもお世話になった先輩だった。
性格は穏やかで、体型はどちらかと言えば細みだけどどっしりとしていて大人の余裕を持つ人だった。
俺は見た目がごつく豪快なわりに中身は自分に自信の持てない小心者だ。
不出来なつもりはないが、そのギャップでいつも苦労してきた。学生時代もそうだったが会社に入ってからもそれは同じで。
強面のせいでミスをしても誰も指摘する事なくこっそりと修正された。俺に何か言えば殺されるとでも思っているのだろうか。
いつまでも自分の間違いに気づく事がなく成長できなかった。
こんな事ではいけないって自分でも分かっていた。
それでも小心者の俺は誰にも頼る事ができずミスをしないようにいつも気を張って仕事をしていた。そのせいで眉間に皺が寄り、ますます凶悪な顔になっていった。だから周りもますます俺と関わらないように距離を置いた。
悩んだ俺はそのうち夜もうまく眠る事ができなくなり会社を辞めてしまおうか…とまで考えるようになっていた。
そんな時、見るに見かねた先輩が俺の指導係をかって出てくれたのだ。
俺がミスをしたらきちんと叱ってくれたし、二度と同じミスをする事がないように丁寧に教えてくれた。
最初の頃は何度も残業に付き合ってもらったり、その後飲みに連れて行ってもらったり―――。
今では先輩以外の人も普通に接してくれるようになった。
先輩と俺のやり取りを見て、見た目ほど怖くないと理解してもらえたようだ。
どんどんどんどん先輩の事を好きになっていった。
先輩の俺を見る瞳が優しくて、先輩の笑顔にもしかしたら先輩も俺の事を……?なんて思った事もあった。
だから…今度の仕事が無事に終わったなら告白してみようって思っていた。
―――のに、休憩室で偶然聞いた先輩に結婚を考えている人の存在。
あんなに毎日遅くまで俺に付き合ってくれていて恋人の存在なんて匂わせもしなかったくせに…結婚……?
くせに……なんて先輩はちっとも悪くなんかないのに。
俺が勝手に恋をして勝手に失恋した。それだけなのに―――。
俺が休憩室の前で立ち尽くしているのに気づいた先輩が、
「ああ聞かれちゃったな。俺来月結婚するんだ。お前にも招待状送るからぜひ出席してくれよ?」
今まで見た事もないような笑顔でそう言った。
俺は
「それはおめでとうございます。ぜひお祝いさせて下さい」
って言って笑ったんだ。
うまく笑えていたのか分からないけど、とにかく笑ったんだ。
先輩も俺に向けた事がない笑顔でずっと笑っていた。
全部ぜんぶ勘違いだった。
俺に向けられた笑顔はただの後輩に向けられたものだった。
顔は笑っているのに俺の心は土砂降りの雨にうたれているかのように冷たく凍えていた。
そっか、そうだよな。今までだってそうだったじゃないか。
俺は自分が好きな相手からは愛されない。
俺はこのゴツイ見た目から誤解されやすいのだが、こう見えてボトム希望なのだ。
あまりにも出会いがなくてそういう系のお店に行った事もある。なのに寄ってくるのはいつも可愛い感じのボトムばかり。
中には俺にトップに転向しろってしつこく言ってきたやつもいた。俺にぐちょぐちょに抱かれて啼かされてみたいんだそうだ。でも俺だって抱かれたいんだ。抱きたいわけじゃない。
それでも本当に好きになった相手なら…と考えないでもなかった。
もしも先輩が俺の事を受け入れてくれて、先輩が抱いて欲しいと言うのなら……って。万に一つも可能性なんかなかったのにな。
それくらいに何を捨ててでも先輩の事が本当に好きだった。
だけど、先輩はやっぱり女性の事が好きで結婚してしまった。俺の事を恋愛対象としては見る事なんてない。
俺の恋は完全に終わってしまったんだ。
ふぅ……と大きく溜め息を吐くと背後でごそごそと動く気配がした。
?
一人暮らしなのに―――え?誰…?
そこで初めてここが自分の部屋じゃない事に気づいた。
見た事のない小さなテーブルと少し派手な内装―――。
利用した事はないがここは噂に聞くラブホ……テル?
恐る恐る後ろを振り向くと、大きなベッドの上に横になった青年が俺の事をじっと見ていた。青年の背後には大きな水槽に泳ぐ魚たちが見える。
それが青年をまるで人魚の王子さまみたいに見せた。
キラキラと輝く王子さま……。
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