今宵は深酒に逃げようか

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 そういえば、最近(のぞみ)は雑誌やスマートフォンの画面を穴が開くほど見て、喜色を浮かべてあれこれと語っていた。大人っぽい顔立ちなのにいつまで経ってもあどけない笑い方をする希は、昔と変わらない。母親譲りの上がり目に、父親譲りのえくぼ。感情が表に出やすい希は、どんな人ともニコニコ話したり、これでもかと目を大きくして驚いたり、感動する映画を観てはおいおい泣いたりと、そういう意味ではとても素直な子だ。  そんな彼女がいつも以上に顔をほころばせているのがはっきり分かるのだから、よっぽど今日という日を楽しみにしているはずだ。  デスクワークは首と腰に来る。一旦手を止め、体を伸ばしながら壁掛け時計に目をやる。普段以上に截然(せつぜん)と時刻を告げるそれは、定時を過ぎて二時間と少しを示していた。フロア内を一瞥すると、同じような表情で黙々と仕事をこなす社員が多くいる。当たり前だ、いくら今日が特別な日であろうと仕事が減るわけじゃない。陽気な音楽が聞こえてこようとも、街中が浮足立っていようと、目の前のデータや書類を一つ一つこなしていくしかないのだ。  冷めきったコーヒーに口付けながら、丹念に書類の数値を追う。流石に目が疲れてきたのか、細かい数値が霞んで見える。  ったく、連日残業してるのに。  パソコンにデータを打ち込もうと顔を上げると、慌ただしく書類と格闘している部下が視界に入った。残業している部下は他にもいる。が、こいつは別だ。悔しいけれど、別なのだ。
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