今宵は深酒に逃げようか

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 浜本は仕事が特別できるわけでも、何かが秀でているわけでもない。けれど誰よりも信頼と人望が厚く、どんな仕事にも誠実に取り組んでいた。彼が新人一年目の忘年会の時、近くに座っていた彼にお酒を注いでもらいながら、初めて仕事以外の話を交わした。普段から飾らない性格の彼の気さくで和らげな話し方に引き込まれ、想像以上に話に実が入ってしまった。元から一目置いていたが、それ以来ますます気に入り、もっと成長してどんどん昇進してほしいと、よく面倒を見ていた。  そんな彼を、生涯の伴侶になるかもしれない相手として愛娘は連れてきたのだ。気に食わない。非の打ちどころがないのだから、とにかく気に食わなかった。  希には幸せになってもらいたい。それは紛れもない父親の願いだ。確かに、連れてくるなら彼のように誠実で飾らない人をと思っていた。だから、希は中々見る目がある。彼も、希を選ぶなんて流石分かっている。そりゃ俺の娘だ、他の誰よりも素敵に映ったんだろう。けれど、たった一人の愛娘を奪うのが浜本なんて、とにかく気に入らなかった。  俺の複雑な気持ちをつゆ知らずに事は進み、誕生日にプロポーズを受けて婚約が決まった希の幸せそうな顔は、思い返すたびにほっとしたような寂しいような気持になる。いや、寂しい気持ちの方が随分と大きい。小さくて俺について回っていた希のままでいてほしかった。俺がいないと寂しそうにしていた希のままでいてほしかった。お前なんかに娘はやらんと言ってやりたかった。
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