おやすみが言えなかったから

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 夜の駅前は街灯もぼんやりしていた。  ふくらはぎがスースーしている。くるぶしまで下げたハイソックスがたぐまって、慣れない革靴に擦れた小指はジンジンする。ネギくさいんだけど、といつもなら言えるのに唇が重くて動かない。 「こんな時間になるなんて、お母さん聞いてないわよ」  太ももの裏がシートに直接触れるのがくすぐったいし、二つ折ったスカートから飛び出た膝小僧が急に気恥ずかしい。こじんまりとした軽自動車に乗った途端、こうだ。  右耳からは抑揚の強い、ため息混じりの音声がみょんみょん入ってくる。 「常識的に考えて――」  何度も同じ言葉を繰り返して疲れないのかな。さっきからやけにここだけ耳に残る。あ、これ何かのフレーズか。コマーシャルとか歌とか。きっとお母さんは知らないんだ。 「ちょっと聞いてる?」 「うん、だからごめんなさいって」  だから、がよくないだの。身体を冷やすとどうだの。長い三年間で女子高生初日は今日しかないのに。どうでもいい。  そう、きっとどうでもいいのだ。お母さんにとっては。学校においてスタートダッシュがどれだけ大切なことかなんて。 「少し帰りが遅くなったからってさ……メールもしたし、ちゃんと謝ったじゃん」 「そういう問題じゃないの、謝ればいいとか迎えがどうこうじゃなくて――」  うん、うん。目線はしばらく窓の外。流れるネオン。カラフルな光に紛れる派手な男女が今日だけの命みたいな顔をしてはしゃいでいる。いつか読んだ泥臭い漫画のワンシーンみたいだ。  要するに入学早々に友人と遅くまで遊んだことが問題なのだ、ということで。芋づる式に服装まで突かれて。ちょっと前は「いいわね、女子高生はあんなに脚が出せて」って羨ましそうに目を細めていたのに。
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