おやすみが言えなかったから

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 言葉が尽きてきたのかため息が増えている。ため息つくなら言わなくてもいいんじゃない。  第一、お母さんだってメールしたときは「いいね、いってきな」って言ってたじゃんか。それを、急に、わけわかんない。  別れてから鳴り止まない友人からのメッセージも見ずに頷くのがばかばかしくなってくる。あーあ、もういいかな。 「あっ」  手元を見ずにドアポケットのスマホを取ろうとして、誤って窓のスイッチを押してしまう。 「やだ、大丈夫?」 「……うん」  すうっとした風に前髪をさらわれて、心臓にふつふつと出来ていた小さな水泡が冷えていく。  四月の夜はまだ寒い。 「四月はまだ寒いねえ、明日からマフラー持ってきな」 「あー、考えとく」 「親に向かってなにその言い方、まったく――」  怒るなら怒る、許すなら許す。どっちかにしてよ。  四月はまだ寒い、って気持ちが被っただけで消えかけた水泡がまた心臓を覆いはじめる。  「持ってかないよ、春なのに」という喉に詰まりそうな言葉を飲み込んで、でも確かに寒いよねって共感したら負けな気がして。心配を邪険にするほど子どもじゃないから、遠回しに「考えとく」って言ったのに。なによ、また不機嫌になって。
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