おやすみが言えなかったから

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「もう行くの?」 「あ、来た来た、うちのお寝坊。お弁当置いておいたから、オレンジのほうね!」 「えっ」 「お母さん今日は早出なのよ、駅まではお父さんが送ってくれるから」  全然機嫌いいじゃん、それどころか活き活きしてるし。先ほどまでヒヤヒヤしていた自分に大きなため息が出た。そうだった、お母さんはこういう人だった。 「なに、朝からため息ついちゃって。あ、今日もどこか寄るの? あとでまたメールしといてね」 「お母さん」 「んー?」 「……いってらっしゃい」  目線は三和土(たたき)で隠れたお母さんの足元。「うん、いってくるね」とバックを持ち上げる。 「あ、あと」 「なにい?」  間延びした返事。カチャカチャと車の鍵を探している。 「おはよう」 「へ?」  バックに右手を突っ込んだまま顔を上げた。 「やだ、忘れてたわ。おはようね」  あはは、と声をだして笑う。私はつられないようきゅっと口を一文字にする。 「あ、あったあった、じゃあいってくるから」  うん、と首だけで返事をしてリビングへ入ろうとする。 「あ!」  お母さんの声に振り返る。 「マフラー、持った?」 「持った」 「ん、靴下もさがってるからちゃんとあげなさい、あと――」 「あーもういいから! 早く行きなよ!」  はいはい、と手を振って小走りに出勤していった。
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