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ざあざあと傘から零れる水のカーテン。シャワーを浴びてる様な気分。でも足下は濡れちゃって靴も靴下も濡れちゃってちょっと嫌。だって服着てシャワーなんて浴びないじゃない。
学校が終わって午後の5時。薄暗い住宅街。お化けより不審者が怖い私は小学校に入学してからもう11年もこの道を通っている。あっという間に夏が終わって、秋が来て、秋も終わって冬が来て。
そうして高校も卒業だ。思ったより呆気なく。
進学を目指してそれなりに頑張ってるからか今年は特に早い気がする。
絶対県外。第一志望はここから二県隣。それ以下滑り止めも全部県外。こんな田舎飛び出してやるんだって両親に行ったら笑って「いいよ。」って背中押してくれた。別に親子の仲は悪くないの。
仲がいい友人も少なくないし、部活は楽しいし、それなりに恋だってしたし、イジメもないし、駅前のお店のパフェも美味しい。でもここに居たくない。
「あ。」
お母さんだ。私とお揃いの空色の傘をさしてパン屋の角に立っていた。
口元が動いて。
「…聞こえないよ。」
『』
「聞こえないよー!」
『』
雨音が煩すぎるんだ。お母さんも聞こえないって言ってるみたい。困ったような顔がぼやけたシャワーの合間から覗く。ゲリラ豪雨なんて情緒がないの。夕立は死んでしまったのかな。
傘と傘をくっ付けて一つの大きな傘になる。
「勉強お疲れさま。帰ろ。」
「うん。お迎えありがと。」
曇天の下、快晴の円二つ。雨で遮られた外界から切り離された特別な空間。静かで、心地いい。
「お母さん。私ね。この町が好きよ。」
「うん。知ってる。」
16年間生きてきたこの町が住みたくないほど好き。
「わけわかんないね。」
「そうでもないよ。お母さんあんたの事には詳しいんだから。」
明日こそ晴れてくれるだろうか。小高い丘の上に立つ公園から見る町はいつだって綺麗で、優しくて、怖い。
「いつでも遊びに来ればいいよ。この町も、お母さんもお父さんも、あんたの事が大好きだから。」
「うん。」
この傘穴が開いてるみたい。目に雫がかかるの。溢れ出て頬を伝って顎から下にポツリポツリ。お気に入りの傘なのに。
「……うん。」
誰も見ていない誰にも見られていない。青空の下で泣き出した私の頭にお母さんの暖かい手が添えられた。優しくて、怖かった。
私はもうすぐこの町を出る。服が濡れるのは嫌だけど、この町を覆うように降る雨はまだ止みそうになかった。
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