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「あ、危ない。」
え。思わず振り向いた瞬間足が緑色に染まる。
「あ、うわー…」
「大丈夫、今触るから。」
「うん。ありがと。」
ふくらはぎにそっと触れる手。花壇から伸びていた低木の、枝やら葉っぱやらの形に染まっていた緑が肌色に変わる。
やっぱり外出なんてやめとくんだったかな、悲しげな顔をした私の頬を引っ張って彼は「こら。」と咎めるように口を尖らせた。
「僕がついてるから大丈夫だって。楽しもうよ。」
「……ありがと。」
症例一件。先天性色素移染症と名前をつけられた私の病気は。
「ズボンの裾大丈夫?めくれたりしてない?」
「してないしてない。」
身体に付いた物の色を肌に写し込む奇病だった。
「今日は暑いや。うっかり汗を拭っちゃいそう。」
「なら涼しいところに行こうか。…ショッピングモールは?」
「人にぶつかったら怖いなあ。」
「なら公園。ボートに乗ろうよ。」
手袋越しの彼の手の温度がもどかしい。素手だと触った端から色が移るから手袋は外せないのだけれど。
手袋の裾からちょっとだけ覗く腕も色付いて、服でさえ色が移っちゃうから風で捲れるようなスカートも履けない。だってほら、肌に付いてた部分が見えたら色が変わってるのバレちゃう。
彼は服の色が移った私を見て「ボディペイントも真っ青だ。」なんて笑ったっけ。
「白鳥と、あれなんだろ、アヒル?どっちがいい?」
「じゃあ白鳥がいいな。」
彼との出会いは施設の中。同い年で同じように産まれてすぐに施設に移動になった彼とは物心ついた頃から一緒にいる。嬉しい事も、悲しい事も、全て彼と分かち合ってきた。
妹か姉か…、兄弟のように接してくれる彼に心がツキリと痛む。だってもう何年も私は彼に恋をしている。
きっと叶わない。彼ほど私を、私の病気を理解してくれる人はいなかったけど彼には私じゃなくてもいいかもしれないし。
だって彼は来週には施設を出るから。
「どうしたの?」
空を見つめていた彼の空色の瞳が真っ直ぐ私を見つめる。
「私ね。ずっと前から思ってた。あなたの色に染まりたいの。」
この関係が崩れる事を恐れるよりも、私の気持ちに正直でいたい。いずれ成る、彼の隣に並ぶ別の女の子の影に泣きながら想いを殺すよりはずっといい。
我が儘だ。清々しいくらいに。
彼は驚いたようにパチパチと目を瞬かせた。ジッと見る端から徐々に染まる彼の瞳。私の洋服の淡い桃色と、肌色と、それから髪の黒色が入り混じったマーブル模様が綺麗だ。
先天性『虹彩』色素移染症の彼は足を止めてしまった。足漕ぎ式の白鳥ボートは波に揺られながらゆらゆらと池に留まる。私と彼しかいない水面の上で彼は長く長く沈黙した後不意に笑いだした。
「はは。僕ね、…僕ね、前から思ってた事があるんだ。」
「…なあに?」
「この瞳、ずっと君の色だけで染まってたらなあって。」
桃色が薄れる。驚く私の顔の色だけで染まった彼の真剣な眼差しを受け止める。
「きっとさ、僕たち両想い。」
差し出された手。おずおずと伸ばした手袋を外した手は指先からゆっくり肌色に染まっていく。
「僕、来週退院したらすぐにでも施設で働く事にしたんだ。君と一緒にいたくて。だから、」
照れくさそうに、でも彼は視線を逸らさない。
「これからもよろしくね。」
「うん。こちらこそ、よろしくね。」
直に触れた柔らかな掌はずっと望んでやまなかった温かなものだった。
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