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日本の技術力は世界一、とはよく言ったものだ。
日本の遺伝子技術が作り上げた代物は実在する恐竜を復活させる某映画以上にイカレていた。
それはドラゴン。本来なら空想上の巨大生物。大きな翼で空を飛び火を吹き高度な知識で人との会話すらこなす、生物ピラミッドにおいて全ての頂点に立つ生き物。
今から約150年ほど前に生み出されたドラゴン達、それらとパートナー関係を結び連れ添う人間を「ドラゴンライダー」と呼んだ。
まあ今日ではほぼ「日本人」を指す言葉となっているけども。
技術力の発達で一人一ドラゴンが当たり前となった今の日本社会。ドラゴンの強さが個人の力に反映されるという主婦カーストも真っ青な風習のせいで俺は酷い目に合わされてきた。
十数年前の話だ。とあるドラゴン孵化施設で一匹のドラゴンが誕生した。
黄金色の艶めく鱗にエメラルドのような瞳。吐く炎もエメラルドグリーンのそいつは生後すぐの能力テストで歴代の記録を、それこそ頭二つ三つ分飛び越える程の好成績を叩き出し「ドラゴン王・ゴルド」という名を付けられた。
日本中のお偉いさん方がゴルドを欲しがった。当たり前だ、ゴルドとパートナーになれる人間はそれこそ日本の誰よりも強い存在になるからだ。
ゴルドは誰ともパートナーにならなかった。老い先短いジジイやババアに付くより未来ある新しいドラゴンライダーと共に歩みたい、と。偉そうに暴言を吐いたという。それも自分の目で見て決めた自分に相応しいパートナーとだ、とも。
ここまで言ったら大体察しはつくと思う。ちなみに俺の親は有名ではないし俺自身テレビに出る程華があるとは自分でも言えないフツメンでスポーツで輝かしい成績を残したということもない、ごくごく普通の、一般的な男子高校生だ。
ゴルドはオスだったが、『つがい』としてなぜかこの平々凡々な俺をパートナーに選んでしまったんだ。
「シュウ、魚が獲れたぞ。」
「おー、随分とでっかいの持ってきたな。」
「惚れたか?オレの子が産みたくなったか?」
「ねーよ。俺男だし人間だしって何度も言ってるだろうがバカ。」
ペチリと叩くと生え変わりの時期なのか古い鱗がポロリと剥がれた。ちょうどよかった、包丁代わりに使っていたゴルドの鱗がボロボロになってきたところだったんだ。
新しく体を覆うのは古いものよりさらに輝きを増した金色で拳で叩くとより硬く頑丈なそれが暖かい温度で跳ね返してきた。ゴルドももうすぐ大人らしい、戦うこともないのに戦闘力だけぐんぐん上げて初めて会った時よりもだいぶ厳つくなった。
「ふふん。オレの体を物欲しげに見ているな?今夜は寝かせないぞ。」
「いつも九時には眠くなるお前が何言ってんだよ。」
俺たち日本人(ドラゴンライダー)は法律の改正で16歳を成人と定められた。ゴルドと会ったのは去年、まさに16歳の成人式でだ。成人祝いに各々に授与されるパートナードラゴンの中になぜか噂のドラゴン王が混ざってて式場はそりゃあざわざわとしていたものだ。
思えばあの時から嫌な予感はしていた。というかゴルドがずっと俺の方を見ていたからなんとなくわかった。腹痛い帰りたいという訴えもゴルドとグルの市役所職員には通じなくて同級生やら大勢のテレビカメラの前で姿を晒されながらゴルドを授与された。第一声が『病める時も健やかなる時もー以下略ーお前を愛する事を誓おう』だったから思い出すたびに羞恥で死にそうになる。
有名になると親戚が増える、とはよく言ったもので俺の母親の姉の旦那の叔母の娘を結婚相手にとかそういった類の話もめちゃくちゃ増えた。誰だよお前らって人があたかも知り合いのように「私よー」って言ってくるのが気色悪かった。あと結婚の話題のたびにゴルドが家を壊しそうになるぐらい憤慨するのも気色悪かった。
それから友人は増えるどころか減った。僻まれた、びっくりするぐらい。
成人式という晴れ舞台、ドラゴンとパートナーになれるという期待で胸を膨らませてきた同級生達。ドラゴン王から直々に選ばれた俺を見て自分のドラゴンと嫌でも比較してしまったんだろう。俺が逆の立場なら多分そう、「なんでこいつがこんなに凄いドラゴン貰ったのに…」って。パートナーの子を大事にして欲しいけどどうなっただろうか。
親戚の押しかけに疲れて、信じていた友人にも影で僻み満載の悪口を言われているのを知って、傷心の俺は一人(というかゴルドと共に)郊外の祖父母の家に引っ越した。たまに母親から電話がかかってくる以外もう地元の話も耳に入ってこない。祖母は既にいなくて、祖父と叔父夫婦と農家として野菜を作りながら魚釣ったりして半分自給自足の生活。満足してる。
「ふうむ。しかし今日の空はなんだか騒がしいな。このオレでも眠れないかもしれない。」
「3秒で熟睡ののび太みたいなお前が?…騒がしいって何が?」
「シュウー、シュウくんテッちゃんがー。」
「あ、ローラ今行く。」
テッちゃん。鉄爺さん。俺の祖父。ローラと名付けられたメスのドラゴンはその小さな羽根をぴょこぴょこさせて俺を呼んだ。
ドラゴンの大きさはピンからキリ。ゴルドのように4m近いものからさらに大きいもの、ローラのように2mいかないのもいる。ただしどれもこれも皆長命だ。産み出された初代のドラゴンでさえ150歳を越えてそれでもまだ力が衰える事なくピンピンしてるというのだから。
人とパートナー関係にあると言っても確実に人の方が先に死んでしまう。
それでもドラゴンをパートナーとしたいというのは人間のエゴなのだと思う。強さだとか癒しだとか神話生物への憧れだとかそういった欲だってきっと混ざってる。一緒にいることで芽生えた絆や情はパートナーが死んだ後残されるドラゴンたちの心の傷になっていく。
『我々は選ばれしドラゴンライダー!全てのドラゴンを腐った人間共から解放せよ!』
だからこそこういった主張だってする「人間」も少なからずいるわけだ。
『哀れ今の傲慢な人間共はドラゴンを物の様に扱っている。由々しきことだ。ドラゴンは人類より価値のある素晴らしい生き物だ!ドラゴンの価値を知らぬ者は皆聖なる炎によって燃え尽くされるであろう!』
「なにこの厨二。痛いわー。」
「シュウの机の中の日記とお、」
「いつ見たんだゴルドてめえ…!」
テレビの生中継。国会議事堂の前で高々に宣伝する男は黒いドラゴンを従えていた。その傍らに人質として捕らえられているのは見覚えのある人。
「あれ、総理大臣じゃねえ?」
事の重大さをわかっていなかったのは俺だけのようで呆れた視線が四方から飛んでくる。
日本を覆そうとする輩か、矛盾しているがその言い分はわからないでもなかった。権力の為だけに弱いドラゴンは捨てられたりもする。人の都合で振り回されるドラゴンが多いのだって確かだ。
だからってこんな手段に出てはいけないはずだ。ドラゴンと仲良く暮らしている人達だっている。別れが来るとわかっていてそれでも最期の時まで一緒にいたいと思うドラゴンだって。
彼や彼女らを無理矢理引き裂くなんてそんな事あっていいものか。
あ、とテレビを見つめていた鉄爺が声を上げた。
「トオルくんか?」
「え?」
「小学生の頃、シュウが連れてきてくれたトオルくんじゃないか?」
言われてみれば確かに。声を張り上げてドラゴン擁護を叫ぶ男は小さい頃からずっと親友、…だと思っていたトオルだった。
ゴルドが俺のパートナーになった後、トオルは手放しに喜んでくれていた。トオルがもらったのは赤色の鱗が綺麗な小柄なオスのドラゴンだったはずだ。
友人だと思っていたのに、トオルを驚かせようとこっそり隠れていた時にトオルが同級生と俺を貶していたのを聞いた。今まで過ごしていた時間はなんだったんだろうと泣きそうになるぐらい酷い暴言だった。
何事もなかったかのようにその後も付き合いを続けようとしたが無理で、向こうも俺が避けてるのに気付いたのか話しかけてもこなくなって。それで俺たちは疎遠になった。
でも今もどこかで思ってる、いつか仲直り出来ないかって。
「それで、どうするんだ?」
鉄爺が聞いてくる。そんなこと決まってる。
「止めてくる。こんなやり方間違ってる。…それに、やっぱり俺、あいつの事嫌いになれないんだ。」
外へ飛び出すと既にゴルドは臨戦態勢で玄関に佇んでいた。鉄爺が俺が空を飛ぶ時の為にとくれたドラゴン用の鞍、ローラが付けたんだろう、ゴルドの背中に付けられていて。
「行くぞシュウ。」
「ああ、頼むぞゴルド。」
気をつけてね。ローラが心配気に手を振る。それに大きく頷いた次の瞬間には鉄爺の家は既に眼下に在った。
バサリ、ゴルドが飛ぶ。太陽の光を受けてキラキラ光る鱗が目に染みるがなんでもないように目を擦った。
「この戦いが終わったらオレ、お前と結婚するぞ。」
「死亡フラグはやめろ。…でもまあ、」
総理大臣を助けたら頼んでみるといいさ。俺の言葉にゴルドは首を傾げる。
「人とドラゴンが結婚出来る法律を作ってくれってさ。」
「ああ!そうしよう!」
一段とスピードを増すゴルド。
冗談じゃなくサクッと終わって本当に法律を作ってもらえるような予感しかしない。俺の予感はわりと当たるんだ、だってほらゴルドとパートナーになるかもしれないって予感も当たったんだから。
嫌だなあと言いながら心では別にそれほど嫌じゃないと思ってる事に気がついて俺はゴルドの背中に寄り添いながらこっそりと驚いた。
「もうとっくに惚れてたんじゃねーか。」
「なにか言ったか?」
「いいや、なにも。」
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