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小咲からは「滞在中はなるべく部屋の中で過ごしてくれ」という話だった。おそらく事故物件という事実を払拭したいのだろう。
五年も借り手が無く妙に家賃の安いこの部屋は、必ず事故物件かどうかを訊かれるはずだ。小咲としては訊かれれば答えなくてはならない。なので一週間だけでも事故後に誰かがここへ住んだという事実が欲しいのだ。直前に借り手があったとなれば、安心して新規の借り手が現れると踏んでいるのだろう。
それとこの事故物件が本当に安心して住めるのかどうかを、他の誰でもなく俺に頼む理由がひとつある。
「わびしい食事じゃのぅ…」
床に置いた今夜のメニューを見て、昔話の花咲じじいのような恰好をした小さな老人はぼやいた。彼は俺の式神で名を“桜爺”といい、普段は主にジャケットの内ポケットの中に居る。
「しょうがないだろ? 一週間の滞在じゃレンジも炊飯器も買うわけにはいかないし…」
「“コンビニ弁当”とやらでも良かったのではないか?」
すると左の袖口から鰻のような頭がニュルンと飛び出し、こちらをじっと見つめてコクコクッと二度頷く。彼も俺の式神で、名を“龍蜷”といった。
陰陽師……と名乗れるほどそれらしい技は何ひとつ使えないが、本物の陰陽師の元で謎の修行を二年ほど経たおかげで、今はこの二つの式神を使役できるようにまでなっている。
「あ、そっか。コンビニで温めてもらえば、生温かい白飯くらいは食えるのか」
自分の想像力の貧困さにガクリと肩を落とす。そのタイミングで追い打ちをかけるように、ピィーーという湯の沸くやかんの音がしたので、重い腰をどっこいしょと持ち上げた。
以前、茜の頼みで小咲不動産の物件の怪異を解決したことがある。自分的には何をしたわけでもなく、殆どこの式神らのおかげなのだが、そんなことを知らない小咲にとって俺は、祓い屋同然の扱いなのだろう。
それで今回、この部屋に何かあるなら俺に祓って欲しいという意図もあり、依頼をしたようだ。
(俺、何も出来ないんだけどなぁ……)
乾麺の入ったカップにジョボジョボとお湯を注ぎつつ、虚しさを噛みしめる。
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