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(何故俺は今、ここにいるんだろう……)
目の前には綺麗なワンルームの一室が広がっていた。ブラインドやルーム照明、エアコンなどの最低限の設備は整っているものの、家具は一切置かれていない。
正面のベランダに面した大きな窓には、これでもかというほど晴れ渡る空が広がり、初夏のじりじりと照り付けるような光がフローリングに薄っすらと積もる埃を明らかにする。
「この部屋なんだけどさ、どうだい? 忌一君」
老眼鏡の奥に見える目尻に皺を寄せ、小咲不動産店長の小咲が訊ねた。これは完全に内見をしに来た客への対応のそれである。だが自分は、小咲不動産で働く従妹の松原茜に「ちょっと店へ来てくれない?」と呼ばれて行っただけだ。
何故到着早々挨拶もそこそこに、店から歩いて五分圏内にあるこの六階建てマンションの一室へ連れて来られたのか、全く状況が飲み込めていない。
「どう……と言われましても、別に俺一人暮らししたいわけじゃないですし……」
「あぁ、君はお養父さんと二人暮らしなんだっけ? じゃあさ、一週間でどうかな? 滞在費用は全部こっちで持つから。ウィークリーマンションを借りたと思ってここで一週間だけ暮らしてみない? バイト代も出すからさ、お願い!」
「この通り!」と、今度は必死な様子で手を合わせている。小咲の行動はあからさまに怪しかった。
しかし何となくの予想は出来ているので、取り敢えず部屋に上がらせてもらう。小咲の用意したスリッパを履き、入り口近くから風呂場、トイレ、キッチン、リビング、そしてベランダへと隅々までチェックしていく。
僅かな気配を感じてはいたが、気にする程でもなかった。念のため、ジャケット左の内ポケットの住人にも視線を送るが、小さな首を左右に振りお手上げのポーズで首を竦めている。
「何か…視えたかい?」
「特には」
「じゃあ、依頼を受けてくれるかい?」
「いいですけど……一応教えてください。この部屋、一体何があったんですが?」
依頼を引き受けることを条件に、小咲はこの部屋が五年前から誰も借り手が現れないことを打ち明けた。何故ならこの部屋は、五年前に自殺の起こった事故物件だったからだ。
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