老緑

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 食事の準備は整った。風呂上がりの晴翔はその食卓を見て上機嫌になる。 「いただきます」  やはり外では雨が降り出した。晴翔が食事をしている間に都は雨が入らないように窓を閉めて扇風機を回す。小さな部屋での二人暮らし、そこまで豊かではなくともそれはそれで幸せでもある。  *** 「晴翔! 悪いけどノート貸してくれよ」 「市川、またか? 全く試験前だけ友人が増えるな……」 「だってお前付き合い悪いもん! そろそろアパートに呼んでくれよ」 「アパートは、無理だ。もう良いよ持っていけ、ノート」  深東京医専の一年生も試験間際、晴翔のノートは無欠席で授業を余す所なく記入していて、こう言うときばかり重宝される。晴翔は上京以来学校から徒歩十分のアパートに都と同居している。しかしアパートには誰も呼んだことはない。それは晴翔の独占欲にも似た感情で、『愛おしい都』を誰にも見せたくないと。もしもいま都がいなくなればそれこそ晴翔は周りを見失うほどに絶望するだろう。都は他の誰でもない晴翔のものだ。幼い日、二人が出会ったその瞬間から……。
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