老緑

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「あの染みだろう? 少し大きくなって来た気がするな。そのうち雨漏りでもしたら面倒だ」 「でもそろそろ雨が降ります。今夜は雲で月が見えない」  薄いガラス窓の向こうでは暗雲立ち込める夜空。それでもアスファルトで覆われて乾いたこの街には少し涼しさも必要だろう。 「夕飯にしましょう、そろそろ準備を」 「まだ良いだろう、しばらくこうしていたい」 「……この姿を晴翔さんの学校のお友達が見たらびっくりしそうですね」 「何か言ったか?」 「いいえ、ではもう少しだけ」  二人が初めて会ったのは十年ほど前、幼くして流行病で母を失った御曹司と住み込みの家庭教師の連れ子。同い年でも身分差だけはある二人は、なかなか会話をする機会もなく……。  晴翔の父が社長を務める櫻葉製薬はここ二十年ほどで急成長した、流行していた肺病の特効薬が開発されたからだ。『シロカタクリ』の花びらは薬に変わる、しかし晴翔の母は間に合わなかったが……その事実がいまでも彼の心の中で傷になっているのは間違いない。 「……国語の問題集がなんであるんだ」 「ああ、お小遣いで購入したんです。漢字、読めるようになりたくって」
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