老緑

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老緑

『この地上のどこにも優しい世界なんてない』  深東京都市老緑町(しんとうきょうとしおいみどりまち)、地下鉄『老緑学園』駅から下車して十五分。背の高い影が夕焼けの街に伸びる。分厚い教科書を抱えながら今日の疲れとともに、櫻葉晴翔(さくらばはると)は自宅アパートに帰宅した。呼び鈴を鳴らしてすぐに部屋の中から鍵を開ける音がする。 「おかえりなさいませ、晴翔さん」  肩につきそうなくらい伸ばされた長い髪を結いあげて、青年の少しくたびれた白いシャツに後れ毛が落ちる。晴翔を笑顔で迎えた志葉都(しばみやこ)を見て少し彼はほっとした。ずっとこの顔が見たかったんだ。  晴翔の荷物を受け取って、都は初夏の街を歩いてきた晴翔の疲れを労うように氷の入った麦茶のグラスを盆に乗せて彼のもとへ。晴翔は黙ってそれを飲み干して、長いため息をついた。 「暑いな、今日は」 「天気予報じゃ雨が降るって言っていたんですけどね。こんなに一日中良いお天気なら、布団でも干せばよかったな」 「夕飯は?」 「お昼にお隣さんからとれたてのきゅうりを分けていただいたんです。ひやむぎに添えましょうか、いま冷蔵庫で冷やしているんですよ」
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