12 救いのことば

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12 救いのことば

「―――ぁ…」 何となくだけど、ぼんやり覚えてるかも… 透がパチンコで大勝ちしたからって仲間で飲みに行った日じゃなかったか…? タカヤさんの店でみんなスゲー酔っぱらって大騒ぎして、そしたら恵吾と透が誰かに絡んで行ったんだ。俺もかなり酔っぱらってたけど、タカヤさんが忙しそうにしてたから、他のお客さんの注文聞いたり酒運ぶ手伝いしてて…何の気なしに聞こえてきた話に酔った勢いでペラペラ(というかくどくど…)そんな様な事を喋った気がする。 でも、それが黒川だったかどうかは本当に分からない。 野球選手だって知ってたら、そんな適当な事言えるわけがないよ。 なぜなら、俺の言った言葉って、パチンコや麻雀で大負けした時にいつも思っちゃうことだったし、引き際の話だって、兄貴が総長やめても尚慕ってくるやんちゃ集団との関わりを見ている俺の単なる感想でしかないんだ。 「…だって、プロ野球選手だろ……そんな俺みたいな素人のハナシ真に受けて、ほんとに引退決めるなんて…俺、余計な事言ったんだよな…」 他人の、しかも、飛び抜けた才能と優秀な実績のある人の人生を、俺の言葉で動かしてしまったという事に、とてつもない恐ろしさを感じてしまう。 「…どうしよう、兄貴―――」絶望的な表情でそう兄貴に縋った俺に、兄貴はニッと口を歪めて笑いかけた。 「初めに言っただろ。”お前に救われた”、そう黒川が言ったんだって。―――あれから再度リハビリに励んで、開幕には間に合わなかったが、5月から戦線復帰してたんだよ、あいつ。驚異の回復力だって周囲も驚いたらしい。…けど、完治はしてなかった。事あるごとに痛みが出るからスタメン起用はもう無理で、時々代打で出場してたけど、やっぱりそれも厳しくなって……しかしな、黒川はそれに対してショックはなかったんだってさ。―――あぁ、こういうのが引き際なのかもしれない…って、割とすんなり思えたって言ってたよ。だからお前には感謝してるとも言ってた」 兄貴は一呼吸おいてから俺の隣に立つと、まるで何かから俺を守るように俺の肩を引き寄せて肩を組んできた。 「―――黒川に、話した……」 暑苦しいって…言おうとした俺より先に、兄貴が意を決したようにそう言ったのを聞いて、“やっぱり”と、”どうして”が、心の中で入り混じった俺は、兄貴に何て答えたらいいのか、何を聞いたらいいのか……言葉を選ぶ事が出来なくて。 そんな俺の困惑顔を覗き込み、兄貴は、「大丈夫だ、慶太」と、俺の肩を抱く腕に力を込める。 「何が―――」大丈夫なんだよ、と言おうとした俺の言葉を遮って、兄貴が言う。 「お前は汚れてなんかいねぇし、誰もそんな風に思っちゃいねぇ。―――黒川な、お前の身に起こったことを聞いた後でも気持ちは変わらねぇって、そう言ってた。もしお前がその事を思い出す時が来たとしたら、今度は自分が慶太を救いたい、ってな」 「―――え?」 俺は兄貴の言葉を聞いて、正直戸惑っていた。 だってそうだろ? “黒川の変わらない気持ち”って、一体なんだよ。 俺はあいつの気持ちなんて知らない。 黒川は俺に対して、どんな気持ちを持っていたんだ…? ぐるぐると思い巡らす俺の思考を読み取ったみたいに、兄貴は言ったんだ。 「黒川の気持ちが知りたいなら、あいつとちゃんと話してみろ。――――今日を逃せば、しばらく会えなくなるからな…」 「―――会えなくなる…?」 聞いた事をそのまま聞き返した俺の言葉に兄貴は頷く。 「黒川は、明日からまたアメリカだ。―――いいのか?慶太。あいつの気持ちを知らないままで…」 黒川の気持ちを知りたいと思った。――でも、会うのは怖い。 兄貴は俺に、”汚れてなんかいない”って言ってくれたけど、果たして本当に黒川もそう思ってくれているだろうか… 確かに、俺一人ではどうすることもできない出来事だったとは思う。 だけど、そうだとしても、俺の体が汚れていることに変わりはない… …体? 「―――あれ?」 …俺、どこが汚れたって言うんだ? 唐突に、心にかかっていた靄みたいなものが晴れていくのを感じたんだ。 「…兄貴。―――俺、間違えてた…」
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