13 覚えたての感情

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13 覚えたての感情

そうだ、俺は間違えてた。 体がどうだって、要は心の問題だったんだ。 体を汚されたことはもう取り返しはつかない。 でも、だからって、心まで盗られたわけじゃなかったんだ。 俺が気持ちで負けてどうすんだよ。 初めて知ったこの気持ちを、自分の心の中にだけ留めておくなんてそんなのもったいない!! 心は俺のものだ。 声が聴きたい。 笑顔が見たい。 好きだって、伝えたい。 黒川への思いが次から次と溢れ出す。 「――兄貴!!…俺、アイツに会いに行く」 俺の出した答えに兄貴は満足そうに笑って、「おぅ、行ってこい!」。そう言って俺の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。 黒川がアメリカに戻るのは明日。 でも俺の住んでる町に国際線はない。 兄貴に聞いたら、今日の14時の便で東京に向かうとのこと。 携帯を開いて時間を確認すると既に12時を回っていた。 「――ちくしょ…ぐだぐだ考えすぎた、俺」 近くのバス停の時刻表を見ると、空港行きのバスが停まるのは10分後。 空港までは40分くらいかかるから、着くのは13時頃か。 俺は逸る気持ちを抑える様に大きく深呼吸して、自分の心を整理する。 会えたら何を話そうか。 ――まず、謝らなきゃ。 ちゃんと話を聞かないまま、逃げ出してしまったことを。 ――そして、伝えたい。 黒川を好きだってこと。 ――それから…聞きたい。 アイツの気持ちを。 家を出る前に、一つだけ気になっていたことを兄貴に聞いた。 黒川と一緒にいた女の人は誰だったのか… 兄貴は、「やっぱり理由はそれだったか」って苦笑を浮かべながら、”諒子さん”との関係について教えてくれた。 そして、俺の身に起きたことについても知っていた彼女が、帰国する都度俺が元気にしているか、思い出して苦しんでいないかと気にかけていてくれたのだということも。 勝手に勘違いして、勝手に落ち込んで…… バカみたいだ、俺。って思ったけど、自分の気持ちに向き合うためにはきっと必要な過程だったんだ。 やって来たバスに乗り込み、俺は……俺の心は、まっすぐ黒川に向かってく。 平日の日中。地方空港に混雑はない。 ……搭乗案内はまだだ。 俺は、広さだけは充分あるロビー内を見渡して、おそらくその場にいる数少ない搭乗客の中でも目立つであろう、その人の姿を探す。 けれどそこに黒川の姿は見えなくて、俺は無駄と分っていてもフロア中を見て回った。 「―――なんでいないんだよ…」 そんなことを口に出して言ってみたところで、俺がここに勝手に来ただけなんだし、黒川の予定が変わっていても文句言える立場にないわけで。 せめて出発の時間までここで待ってみよう…。 もしかして望みは薄いかもしれないけど、俺は諦め悪く搭乗口の見えるベンチに腰かけた。 俺はずっとそこに座りひたすら黒川を待ち続けていた。 予定時間の14時から時計の短針は3つ先に進んでいて、地方での出張か何かを終えたスーツ姿のビジネスマンがフロアに目立ち始める。 「―――あはっ…やっぱ、もう手遅れか……っ―――」 焦燥感と後悔と、少しの安堵。 会いたかった。それは間違いなく。 もっと早くこの思いに気付いていれば。 あの時話をちゃんと聞いていれば。 一度収まっていた負の気持ちが後から後から顔を出す。 でも、どうしたってこの行動は俺の独りよがりなんだ。 俺の覚えたての感情で、黒川を振り回さなくて良かった…そんな風に思ってしまったのも確かで。 何に対してのものか分からない涙が、頬を伝い落ちていく。 「――帰ろ…」 ふぅ、とひとつ息を吐きベンチを立ち上がろうとした時、いくらでも空いてる場所があるにもかかわらず、わざわざ俺の隣にドカッと誰かが座った。 「――なぁ、ここに居るってことは、俺に会いに来たって思っていいのか?」 人をバカにした様な笑いを含んだ声が…聞きたいと願っていたその声が、俺の耳に届いた。
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