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3 てのひら
「―――へぇ…お前、キスしたことねぇのか。そりゃ、ごっつぉーさん」
そう言って俺を見たグラサン男の顔は、思いがけず優しげで―――少し驚いた。
―――しかも、こいつ、めちゃくちゃかっこいい顔してやがる……悔しいけど。
…って、あれ?こいつの顔、どっかで―――
「…おい、俺、ハラへってんだ。ちょっとメシ付き合えよ」
はいぃぃぃぃっ???
なんだそのオレサマっぷりは!!!
ありえねぇだろっ、今さっき拉致ってきたヤツをメシに誘うとか。
「―――あんたこそバカじゃねぇの?外に連れ出して、俺が逃げ出したり叫んで助け呼んだらって考えねぇのかよ」
もうファーストキスがどうだとか、そんなことは諦めることにした俺は、気持ちをバリッと切り替えて、攻めに転じるため口調も強く、グラサンに食って掛かる。
―――――なのに…。
こいつは、「はぁぁぁ~っ」と大げさなくらいの溜め息をついて俺を見て、呆れた様に言いやがった。
「―――やっぱりお前はバカだ。んなこと自分から言うなんて、どんだけ正直モンなんだ、お前?……まぁ、いい。叫びたきゃ叫べ。俺は構わん。―――ほら、降りろ、行くぞ」
チキショーーーーッッ、余裕こきやがって、ハラたつ…
しかも、運転席から降りてすぐ助手席のドアを開けたグラサンは、すげぇ自然な動きで俺に手を伸ばしてくるから…
「なんだ、随分素直じゃねぇか」
なんて言われるまで、伸ばされた手をごくごく当たり前の様に掴んじゃった自分に気付かなかったんだよ、俺は……凹…
奴はククッと喉の奥の方でバカにした様に笑いながら、掴んだ俺の手をきゅっと握ってきやがって、俺は慌ててそれを振り払おうとして……その手の異常なゴツさに驚いて動きを止めてしまった。
「なんだ、この手……すげぇな、これって――――」
そう言って俺は、グラサンの掌にボコボコあるマメをまじまじと見てしまった――――手首を握りしめたまま。
「―――少しは俺に興味持ったか?」
スッと掴まれた手を離しながらそう聞いてきたそいつを見上げた俺は、「んなことねぇよ」と言ってはみたけど、ホントは…すげぇ気になってた。
だって、普通の生活してて、あんなマメ…いや、あれはもうマメなんて可愛いもんじゃない、タコか魚の目か…ぐらいの硬さなんだよ――――
「あっそ……ま、そのうち気になるだろうよ――――――寿司と肉、どっちがいい?」
なんだその自信…と思いながらも、間髪入れず、「肉っ!」と答えた俺を見て、奴はまた優しげに笑いやがった。
何なんだよ、その表情…調子狂うっつーの。
駐車場からどこかに続いているらしい鉄の扉を開けて、先を歩くそいつの後を俺は黙ってついていく。
…なんだこの胸のザワつき。
こいつのせいで俺、なんだかヘンだ…
やたら逞しい後姿を見ながら、俺は初めて感じる気持ちに戸惑っていたわけで。
「いらっしゃいませ。――黒川様」
その声で初めて自分のいる場所を理解したんだ、俺は。
目の前ではグラサンと、金色のネームプレートに”支配人”と記されてきっちり七三に分けられた髪型のおっさんが、なにやら親しげに話してて…そしたら―――
―――え?
グラサンの周りに人だかりが…
えーーーーっ???あいつ、何者だ??
…サインとかしてるし、しかもグラサン外してる……
あ…やっぱり笑うと優しそうな顔になるんだ。
ふぅ~ん。――――――誰にでもそういう顔、するわけね…
………
――っておい、俺!!
何だ今のもやもや感は!!!
別にあいつが誰にどんな顔しようと俺にはカンケーねぇだろっっ
それより今はあいつが何者かを考えろ…考えろ…
――――だめだ。わからん。
頭の中では考えよう、思い出そうってしてるのに、俺は視線をあいつから離せなくて、心臓もなんだかバクバク苦しい。
―――いつまで俺をほったらかしてるつもりだよ。
「…逃げちまうぞ」
なんて口に出してはみたものの、なぜかそこから動けなかった。
「ケータ、行くぞ」
再びグラサンをかけたあいつが俺を呼んだ。
…瞬間、俺の胸が、とくん…と鳴った気がした。
なんだ、この安心感と優越感……やっぱ、俺、ヘンだ――――
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