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7 あいつの隣
「―――そ。…あ、けど、今季限りで引退かもな。怪我したってニュースでやってたし。―――いずれ、現役のメジャーリーガーだよ、あの黒川って」
恵吾が呆れながらもそう教えてくれたけど、それでも俺はまだピンと来なくて…
俺は日本のプロ野球ですらそんなに興味ないのに、メジャーなんてもう全然未知の世界。
いくら日本で活躍した選手が大々的にメジャーリーグの球団へ行ったのだとしても、スポーツニュース自体見ない俺は、(もし目にしていたのだとしても)、記憶に留まらなかったんだろうな。
「ふ~ん…そうなんだ………」
興味なんて湧くはずない…
きっともう会う事もない。
――――だから、俺にはカンケーない、……そう思いたいのに。
口から零れたそっけない言葉の中に、これでもかってくらいの…侘しさ、というか、虚しさ、というか…とにかく、あいつを…黒川を知らなかった自分に対しての後悔みたいなのが詰まってたと…思う。
自分でもどうしようもないほど、頭の中が黒川でいっぱいになってた。
頭の中だけじゃなく、きっと胸も。
黒川の事を考えてる間は、なんだかずっと喉の奥から鳩尾までの間が、グッと苦しいっていうか…息苦しいとは違って…自然に溜め息が出ちゃうっていうか…
とにかく、今まで経験したことのない、もやもやした気持ちになっちゃうんだよな。
「―――ま、タカヤさんの店で会ってるし、今日行ったときにでもどんなヤツか聞いてみようぜ。知り合いみたいだったしな―――――」
――――そっか…タカヤさんと知り合いなんだ…ホント、どんなヤツなんだろ、アイツ…
「そうだな、タカヤさんなら何とかしてくれっだろ!!―――しばらくは慶太を守る会の警備を強化しねぇとな!」
――――バカか2号。強化したらアイツに会えなくなるじゃねぇかよっ!!
……ってバカは俺か。
どうかしてるよな…拉致られた相手にまた会いたいって思っちゃうなんて。
―――これって何なんだよ…もう考えたくないのに……
恵吾と透が話しているのを意識の遠くに感じながら、俺はやっぱり黒川の事を考えていた。
「――――――で、何で兄貴もいるわけ?」
さっき家を出るまでは、確かに店に居て、9歳になる娘に「パパ臭いからあっち行って」と冷たく突き放されていたはずの兄貴が、どういうわけか俺より先に、飲み屋でビールを飲んでいた。1号2号と一緒に;
「あぁっ?別に俺がいたっていいだろ。何か問題あるか?」
自分がそこにいることが至極当然のように言いやがる。
「―――あるだろ。何で俺の友達と兄貴が一緒に飲む必要があるんだよ。―――帰れよ」
俺は苛立ちを隠さず冷たく言い切る。
「バカか、お前。こいつらはお前の友達でもあるかもしれないが、間違いなく俺の手下でもある。―――な、そうだろ?」
…バカはお前だろ……俺は喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込み、そう言われた恵吾と透に憐みの視線を向けた。
―――うん、二人とも苦笑いだ。
「―――はぁ……あ、タカヤさん、やかましくってわりっス。えーと、俺ジーマで」
俺は気を取り直して3人が座るカウンターの端の席に座り、マスターのタカヤさん(兄貴の前に総長をしていた人らしい)に、挨拶と注文を伝えた。
タカヤさんは今でこそ穏やかで物静かな印象の人だけど、昔は相当ヤバかったらしい。兄貴もかなり…だったけど、そんなのとは比べ物にならないくらいの恐ろしい総長だったと、聞いたことがある。
―――人は見かけによらないんだよな。
なんて、この店に来るたび思ってしまう俺だった。
「ね、タカヤさん、今日混んでるね、店。手伝うことあったら言ってね。――――しかしすごい…ほぼ満席…だ――――っ??」
カウンターに体を支える様に右ひじをついたまま蟀谷を押さえ、カウンターチェアの回転に合わせて店内を見回していた。
金曜日の夜ということもあって、店内はほぼ満席。
カウンターには俺たちだけだったけど、4人掛けのボックス席4つのうち3つは埋まり、2つある2人掛けの席も埋まっていた。
―――で、その2人掛けの席に、俺は見つけたんだ。
「――――くろかわ…」
そこで、俺は言葉も、動きも、全てが停止してしまった気がした。
俺の小さな呟きを耳にしたタカヤさんが、「あぁ、また来てるんだよ、黒川」、と何でもない事のように言っている。
「―――?!く、黒川だぁ??」
「また???」
それを恵吾と透が聞きつけて、兄貴とタカヤさんに何かを耳打ちしている。
…まぁ、拉致った相手が黒川だった、とか、今日もまた攫いに来た、とか、そういう事なんだろう。
でも、俺があいつを見て固まったのは、あいつがこの店にいたからじゃない。
あいつの隣に寄り添う様に、後ろから見てもわかるくらいのスゲー美人な女の人が座っていたから。
「―――俺、ちょっと、トイレ行ってくる…」
誰にともなくそう言って、俺はそのまま店を出た。
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