8 姉弟

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8 姉弟

…あーぁ。 出てきちゃった。 後で兄貴たちに怒られんだろうなぁ―――”夜道を一人でふらふら帰るな!!”、とかって。 過保護だよなぁ… ってか、俺って、弱っちぃなぁ… こないだ会ったばっかりの、しかも自分を無理やり連れ回した身勝手な奴なのに、あいつが女の人と一緒に居たってことだけで、こんなに心が苦しくなってる。 ――――これって何なんだよ… …って俺が悶々と悩んでいる時、タカヤさんの店で大変な…というよりやはり、一悶着あったらしい。 「…おい―――てめぇどういう理由があってうちの弟拉致りやがったんだ?…あぁっ?」 タカヤさんに止められるのも振り払い、兄貴は黒川に特攻かけちゃって。 満席で騒がしかった店内が一気に静まり返った。 兄貴に強く肩を掴まれた黒川は、ゆっくり振り向き座ったまま兄貴を見上げる。 「……あぁ…ケータのことか―――別に…ただ一緒にメシ食っただけだけどな…」 兄貴に射抜くような鋭い視線を向けられてても、全く動じることなく、逆に少し笑みを浮かべてそう言い放った。 「…てんめっ――――…っ?!」 「…ケンカはハナシ最後まで聞いてからふっかけろって、アンタに教えなかったっけ?…―――ねぇ、”純”?」 黒川の胸倉を掴み今にも殴りかかろうとする兄貴の暴走を止めたのは、1号2号でも、タカヤさんでもなかった。 「―――っ!!……り、諒子さんっ?―――何で…」 諒子さん。 兄貴がそう呼んだのは、黒川の隣に座っていた女性だった。 「…ったく、相変わらずねぇ、アンタは。ここであんまり騒ぐと物騒なのが集まるって噂になって、店つぶれたら困るでしょ?―――とりあえず、大人しくそこ座ってな―――」 そう言って切れ長の綺麗な目をスーッと細め、カウンターに視線を流した”諒子さん”の言葉に、あの兄貴が文句も言わず素直に従った。 恵吾も透もそのあまりの素直さ(怯えていたようにも見えたそうだ)に、黒川に対する疑惑や怒りが一瞬消えたって、後から聞いた。 「諒一、アンタもここに座りなさい―――」 「…あ?―――めんどくせぇな…」 諒子さんが座っていた席を立ちカウンターの空いた席に腰掛け、黒川を少し前まで俺が座っていた席に座らせた。 「タカヤ、ビール」 短くそう言って黒川のスーツの内ポケットから勝手に取り出した煙草を吸い始めた。 「…諒子さん……あの――――そいつって…」 「弟。―――すごいでしょ。うちの弟メジャーリーガーなの。怪我しちゃったからもう選手辞めるけど」 「おと…??―――って、諒子さん、母一人子一人だったじゃないっスか!!なんだって、そんな嘘…」 「―――嘘じゃないよ。ほんとに弟。確かに母子家庭だったけど、弟がいないとも父親と行き来がないとも言ったことなかったけど?――――まぁ、そんな感じでほんとに弟なわけ。こいつがさ、7年前にFAでメジャー行くこと決まって、一緒についてったのよ。ほら、こいつバカだから英語喋れないし。通訳やってやるってね。んでそのままマネージャーみたいな感じで世話してやってたの。優しいでしょ、私?」 「―――おい、人聞き悪ぃこと言うなよ。”マイアミ??ハリウッドスターに会えるじゃない”って面白がってついて来たんだろ、お前」 「ヤダ、だって人生でそうそう会えないよ、ハリウッドスター。それに、体調管理は完璧にやってやったんだから、もっと感謝しなさいよ。だいたい、あんなわけわかんないプレーして選手生命絶つ様な怪我さえしなければ―――」 「――――あの…お話し中申し訳ありませんが…どういう事ですか?これ…」 いつまでたっても進まない会話に、焦れた様に恵吾がおずおずと話を遮った。 「―――諒子さんは俺の死んだ兄貴の恋人だった人。んで、俺や純は、兄貴と諒子さんから族の色んなことを教わった。――――黒川は、間違いなく諒子さんの弟だ」 タカヤさんが静かにそう言って黒川をじっと見据える。 「―――なんであんな強引なやり方しかできないんだ、お前は」 ゾッとするほど低く冷たい声でタカヤさんがそう言うと、諒子さんが訝しげに聞いた。 「―――アンタ、何やったの?」 「…だから、メシ食いに行ったっつってんだろ。別に攫ったわけでもねぇし…」 何度も同じことを聞かれ、鬱陶しそうに黒川がそう言うと、諒子さんは短く刈りそろえられた黒川の後頭部を張り倒す勢いで殴りつけた。 「―――ってぇぇ…何すんだよっ」 「このバカが!!―――よりによって純の弟に…―――――純、申し訳ない」 「…あ、いや―――諒子さん…頭上げてください…俺は、何でうちの慶太だったのか、何で攫うみたいな事したのか、どうしてもわかんねぇし、許せないんですよ」 黒川の頭を叩いたそのままの勢いで、諒子さんが頭を深く下げたことに、兄貴は慌てた様にそう言って、燻っていた怒りの理由を伝えた。 「――――半年前、ケータのおかげで気持ちに区切りをつけれたんだよ…」 黒川がため息を吐きながら呟く様に話し始めた…
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