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9 記憶
「――――そういうことだ……知らなかったとはいえ、ケータには怖い思いをさせてしまって、申し訳なかった。あんたらにも余計な心配ごと増やしちまったんだな…すまん…」
一通り話し終えた黒川が素直に詫びて深々と頭を下げたんだって。
それに対して深くため息を吐いた兄貴が黒川に言ったのは、
「…あんたの言い分は…まぁ、わかった。―――ただなぁ…兄貴としてはなぁ、嬉しさ半分戸惑い半分…何とも複雑な心境だよ…」
―――って、おい! 最初の勢いはどこ行った?!
っつうか、理由、何ですか??
「まさか、半年前ここで会った時、引退する決意をさせたのが慶太だったなんて―――――って慶太、トイレからまだ戻って来てねぇよな?」
と、そこで初めて俺がいない事に恵吾が気づいた。(遅いよ!!)
「トイレじゃねぇな…どこ行った、あいつ――――」
「―――もしもし…」
『慶太!!どこにいる?―――夜道…』
「…一人でふらふら歩くな――――だろ…大丈夫だよ。タクシー使って帰ってきたから。もう家に居るし…」
『家っ…?――そ、そうか。無事ならいいんだ…―――けど、何で途中で帰ったんだ?』
…そうだよね…やっぱりタイミング的に変でしたよね。
まさか、”黒川が女の人と一緒にいてショックだったから”、なんて言えないし…
―――…?
えーーーーーーっ?!待て待て、俺、ショックだったの?
ってか、完全に今、ショックだったって思ったよな、俺。
どういうことなんだ…これは…
…………
わからない…
『―――慶太?おい、お前大丈夫か?』
「――ねぇ、兄貴……全然気に入ってなかったはずのおもちゃなのにさぁ、時間が経つほど気になって、もう一回手に取ってみれば気に入ってるかどうかわかるかも…って思った時に別の子がそのおもちゃで遊んでた…――そう言う時の気持ちって何だろう…」
『はぁ?そんなもんはアレだろ、――って!!……慶太、お前もしかして――――』
兄貴は驚いたように何かを言いかけ、けど俺の聞いたことに答えはくれなかった。
『――――そういうのは、無理に考えなくていい。……わからないならわかんねぇままにしとけ…』
ガキの頃の俺に言ってたのと同じように、ちょっと苦しそうな声で兄貴が言った。
週末は何もする気が起きなかった。
透から、「元気なんだったら麻雀しねぇ?」と誘われたけど、行かなかった。
日曜日の夕方まで自室にこもってうだうだと心のもやもやと闘っていた。
「―――よぉ、生きてるか?」
内容なんてほとんど聞いてなかったけど、画面に大喜利が映っている時、唐突に部屋のドアが開いて恵吾が入ってきた。
「…ん。見ての通り、普通に生きてる」
ベッドの上で仰向けのまま首を仰け反らせ恵吾にそっけなくそう答えてみる。
「――――純さんから、何か聞いた?」
俺の顔を真上から覗き込んで恵吾が何かを探るみたいな口調で聞いてきて、俺は何だかその聞き方に違和感を感じながらも、「別になんも聞いてねぇ」と、やっぱりそっけなく答えた。
「ふぅん…―――――なぁ。お前、誰か好きになった事ってあるか?」
「…え?」
ダレカヲスキニナッタコトッテアルカ?
どっか知らない国の言語のように聞こえた恵吾の言葉。
「―――純さんから、聞いた……”気に入ってないはずのおもちゃを自分以外の誰かが遊んでた時の気持ち―――”ってやつ。あれさ、俺よくわかるぜ…」
相変わらず仰向けのまま寝転がる俺の顔のすぐ目の前に、ベッドに寄り掛かって座っていた恵吾の顔が近付いてきて、半開きだった俺の唇に、恵吾の唇がふわっと触れた。
「…―――え?」
―――今、恵吾、キスしなかったか…?
人生で2度目のキスだ。
…でも……なんか……俺、今のキス…”これじゃない”―――って思っちゃった…
「―――俺はさ、今、まさにお前が抱えてるのと同じ気持ちになってるよ…。ただ、お前と違って、俺はこの気持ちが何なのか、ちゃんとわかってるけどな―――」
そう言った恵吾の顔は、ちょっと今まで見たことがないくらい真剣なもので、俺はそれに対して何も言葉を返す事が出来なかった。
「―――ずっと、好きだったんだよ―――慶太の事…」
電池の切れた機械みたいに全く動かなくなった俺の隣に座り直した恵吾が、抱き起す様に俺を引き上げて、壊れ物でも触るみたいな慎重な動きで自分の胸の中に抱き込んだ。
――――ズットスキダッタ…?
恵吾は、俺が抱えてる気持ちと同じだって言った。
それでその気持ちが何なのか分かっているとも言った。
…俺を、好きだった。―――確かに恵吾はそう言った。
「…好きって…それは、幼馴染で親友で、そういう―――」
「違う――――昔からお前が俺の恋愛対象だったんだよ。触れていたいし、キスもしたいし……こういうことも―――」
途中で話を止めた恵吾が、俺をベッドに押し倒し覆い被さるように俺の体を押さえ込み、額や、蟀谷や、瞼や、頬や、首筋に…何度も何度繰り返し口づけて、「お前が欲しかったんだ、ずっと…」と譫言のように囁き続けていた。
余りにも突然すぎる展開に俺は頭の中が真っ白になって、―――そして、恵吾の手が俺のTシャツの裾から入り込んで直接肌に触れた瞬間、……俺は唐突に過去の恐怖を思い出した。
「――――ゃ…やだっ――――やだ…、怖い…―――たすけて……」
そうだ…あの日俺は―――――
「…慶太―――ごめん、俺…」
「―――出てけよ…俺に触んな……」
恵吾は今にも泣きそうな苦しそうな表情で、「…ごめん」ともう一度言って部屋から出て行った。
思い出したくなかった…
兄貴が、”忘れてろ”って言った意味が、今ようやくわかった。
「―――何がファーストキスだよ…。バカみてぇ―――もっとスゴイことされてるじゃん、俺……」
小学6年の曖昧だった記憶。
攫われたあの日、俺は、男たちに、―――――輪姦されたんだ…
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