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今、私が見た紅葉は、あの日、彼と見た紅葉よりも綺麗で。
私は思わず涙を流していた。
ああ、あの日から私の心は、すでに彼のものだったのだと。実感すれば実感するほど、感情は揺さぶられ、涙は止まることはなかった。
彼はもう帰って来ることはない。
全部私のせいだ。
「ひより」
優しく呼ぶ声も、抱きしめる腕も、もう二度と戻って来ることはない。
それでも私は、その声と存在がなくなったことに悲しむのではなく、自分自身があの日彼と見た紅葉よりも、彼がいなくなった世界で一人で見た紅葉のほうが綺麗だと思ってしまったことに感情を動かされたのだった。
私の恋人、今となっては元恋人となってしまった健人とは幼馴染だった。家が近所でいつも一緒に遊んでいて、同じものを見て、同じようなものを食べ、成長してきた。
母親同士も仲が良く、私が小さい頃に寝ぼけて階段から落ちて歯を折ったせいで差し歯であることを健人は知っていたし、健人が小学生の頃の下校中、道端の草花を拾い食いしてお腹を壊し学校を一日休んだことを私は知っていた。 それくらい、近しい関係性だった。
だから、高校を卒業する時、健人が私を好きだと告白してきたことには驚いたし、同時にどうしてそれが今なのかということを不思議に思った。健人は東京の大学に進むことが決まっていたし、私は地元の小さな会社に内定が決まっていた。私達は付き合うと同時に、離れ離れになることが決まっていた。
健人が私に告白する勇気がなかったせいで、私達に残された時間はごくわずかだった。
「絶対連休のたびに帰ってくるから」
「連絡も毎日するから」
健人は何度もそう言った。私は「わかったわかった」とその度に受け流した。寂しくなかったわけではない。健人とは友達でいた時間が長すぎて、どう接していいか分からなかったのだ。
「ひより、仕事がんばれよ」
「ほどほどにやるよ」
付き合ってからの私達には、逆に以前よりも他人行儀な雰囲気が流れていた。
「なあ、一組の原ってどこに決まったんだ?」
「さあ、私もわかんない」
会話を続けようと思ってもすぐに途切れてしまったし、それは健人も同じようだった。私は自分の性別を自覚した途端、健人といること自体が恥ずかしくなってしまい、どことなくぎこちなくなるのだった。
私達はとても若かった。
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