第13話 堅物執事と刺繍

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「……雨だ」  ギルバート様にお花の苗を手配した日の夕方。ふと窓の外を見つめれば、外は土砂降りの雨だった。昼間、雲が増え始めたのは雨が降る予兆だったのか。そう思いながら、私は目の前の刺繍セットと格闘していた。無趣味無特技の私だけれど、せめて令嬢らしいことは覚えておいた方がいい。そう、サイラスさんに指示され、私は一時間ほど前から刺繍を頑張っている。でも、なかなかうまくいかない。 「はぁ、アシュフィールド侯爵家で、何を覚えていたのですか?」  サイラスさんは、私の刺繍の下手っぷりに呆れて、そんな言葉を零した。……アシュフィールド侯爵家でやっていたことと言えば、使用人に混じって家事雑用だろうか。令嬢らしい生活をさせてもらえなくて、私はずっと使用人と共に働いていた。元婚約者のイライジャ様との婚約が決まったのだって、父が勝手に決めたことなのだ。……私の意見なんて、一つも反映されていない。しかも、イライジャ様が好いていたのは私の「美しい容姿」だけだったらしく、このように飽きたからとポイっと捨てられてしまった。……いや、そもそもそれ以前の問題だったのだろうけれど。 「何かと言われれば……家事雑用、でしょうか?」  私はサイラスさんの問いかけにそう返して、刺繍の針を動かす。途中、まだ指を針で刺してしまい、こっそりとため息をついた。血はうっすらとにじんでいる程度であり、深くは刺していないようだ。
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