第12話 優しい人

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「ならば、構わない。何を手配すればいい?」 「あっ、こちらに……」  私がギルバート様に図鑑を手渡そうとすると、ふとギルバート様と私の指先が触れ合った。その瞬間、ギルバート様は慌てて手を引っ込めてしまわれる。それから「す、すまない……」とおっしゃって、今度は慎重に図鑑を受け取られた。……そんなにも、私に触れるのが嫌なのか。 (違うわね。ギルバート様は、女性全般に触れたくないのだわ。私だけじゃ、ない)  図鑑を確認されるギルバート様を見つめながら、私は心の中でそんなことをぼやく。そうしてしばらく待っていると、ギルバート様が「分かった、手配しよう」とおっしゃってサイラスさんに説明を始める。サイラスさんは「……何も、そこまでしなくても」とボソッと呟かれている。大方、私がこのリスター辺境伯爵家にいるのも、気に食わないのだろう。それは、容易に想像がついた。 「サイラス。シェリル嬢は確かにアシュフィールド侯爵家の人間だが、彼女自身に罪はない。令嬢は、親の言いなりになるしかないんだ」 「……それは、理解しております」  ギルバート様のお言葉を聞いて、サイラスさんは静かに執務室を出て行ってしまう。その後ろ姿を茫然と眺めていると、ギルバート様は「……要件がそれだけならば、俺は仕事に戻るが?」とおっしゃるので、私は執務室を出て行くことにした。元々ここに長居するつもりはないし、したところでメリットなどない。むしろ、デメリットの方が大きいはず。 「では、失礼いたします。お花の苗、ありがとうございます」 「……いや、少しでも気持ちよく過ごしてほしいから……な」  私が出来る限りの笑みを浮かべてお礼を言えば、ギルバート様は露骨に視線を逸らされる。……やはり、私とは深く関わりたくない……のだろうな。まぁ、私も同じ気持ちなので抗議するつもりもないのだけれど。 「では、お花の苗を楽しみにしております」  お部屋を出て行く途中、私は一度振り返り一礼をして、それだけを言った。ふと、窓の外を見つめれば少しだけ雲が増え始めていた。
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